第17話
鎚。本来は岩石などを砕いたり、鍛治をしたりするために用いる道具だ。まあ、戦鎚と言って武器として使うものもあるけど。
今回俺が使うのは大きな岩石を砕く用途で持っていた大きな鎚だ。まず最も危険な牙を砕き折るために有用だと思ったのだ。
まあ同じくらいその巨体が脅威にはなるのだけど、それは武器がどうとかそういう問題ではないからここでは省くとする。
とうとう魔猪を目視できるまで近づいてきた。向こうは戦闘能力任せで探知能力はあまりないのか、こちらには気づいていない。普通の猪なら鼻が利くだろうに、魔猪はそうではないのか。こちらにとっては好都合だが。
「どう攻めますか?」
アズールが至極もっともな質問をする。正直、以前倒した牛の魔物より一回り大きな猪に対して有効な攻撃はわからない。大鎚で牙を折るのだって、簡単にできる気はしていない。だから、
「まずはアッシュの【暗殺術】で先制しよう。その後は俺が牙に向けて攻撃するから、その間にソニア様とルージュが魔法の発動準備、アズールは二人の援護を。その後は……」
「「「「その後は?」」」」
「状況によって各自の判断で動く!」
アッシュが魔猪の背後から近づき飛びかかる。ここまで音もなく行えるのは素直にすごいと思う。
【暗殺術】は相手に気づかれていないときに相手に与えるダメージに上昇補正が入るスキルだ。また、彼女は【魔法】スキルも持っているので、今回は短剣に魔力を纏わせてさらに威力を上昇させている。加えてソニア様とルージュからの強化魔法を受け、攻撃力は相当に上昇している。
アッシュ本人曰く「魔力量が多くないからあまりやりたくない」らしいが、今回の相手に出し惜しみはしてられない。
ザシュッ!
アッシュの斬撃が魔猪の首にクリーンヒットし、大量に血が吹き出す。
思わず
「やった!」
と叫んでしまったが、魔猪の傷はみるみるうちに塞がっていく。
「【再生】スキル持ちか!!」
すぐに遠隔でスキル採取をすると再生が止まるが、その頃にはほとんど再生は完了してしまっていた。
「なんて再生速度なんだ!」
こちらは最大の攻撃手段を失った。あちらは【再生】スキルを失った。一見痛み分けに思えるが、実際にはこちらが失ったものの方が大きい。なんせこちらは魔猪に傷を付けるのすら難しいのだから。
「牙を狙う!!」
のかけ声と同時に俺に強化魔法がかかる。二人とも流石だな。全く動じてない。
「おおおぉぉぉぉぉ!!」
さらには自分で身体能力強化を重ねがけし、三倍に【採取☆☆】の三倍、さらに【採取道具☆】の二倍がかけ合わさっての十八倍プラス熊の魔物から採った【怪力】の効果が乗った攻撃を当てるチャンスを伺う。
一方の魔猪は牙を振り回して攻撃してくる。参ったな。これでは攻撃の機会が訪れない。そこに、
「魔法を放ちます!」
とソニア様の声。見ると、空中に魔猪の頭ほどに大きく尖った氷塊が形成されていた。俺が大きく飛び退くと、氷塊が魔猪に向かって放たれる。
魔猪は大きな牙で受けて立つつもりのようだ。
氷塊と牙が衝突する。
ズン!
という重い音がして、二者は一進一退の様相を呈す。
ここだ!
俺は一気に近づいて、鎚を大きく振りかぶって思い切り魔猪の右の牙に向けて振り下ろす。
バッキーーーーン!!
魔猪の右の牙がものすごい音を立てて根元から砕け折れる。と同時に今まで両牙があって均衡していた氷塊とのせめぎ合いに綻びが生じ、全ての力が左の牙にかかった結果左の牙も中程から折れた。
ヴモォオオオオオ!!
と叫びをあげる魔猪。これで最大の攻撃を封じることができた。あとは超重量と巨体での攻撃を捌きながら攻撃し続けるだけ……!?
「なっ、スピードが段違いに上がった!?」
牙を失くしたことで軽くなったからか、はたまたこれまで本気ではなかったのか。先ほどまで余裕を持って躱せていたはずの突進が体を掠め、勢いよく吹き飛ばされる。
「大丈夫ですか!?」
いかんいかん、ソニア様に心配をかけてしまった。
しかし実際まずい状況だ。人間のジョギングが馬の疾走に変わったかのような速度の変貌。実際の速度はそれよりずっと速い。驚異的な巨体とかなりの速度。まともに当たれば無事ではすまなかろう。
とにかく、当たらないようにするしかない。
攻めあぐね始めてから半時間ほど経っただろうか。俺はずっとこの戦いを終わらせる方法について考えていた。
――さっきの十八倍プラス【怪力】の攻撃を頭に当てられたなら。
たいていの生物は頭を弱点とする。そこに最大の一撃を当てる。それが通用しないならばそれはそれで別の手を考えるが、現状考えうる最適解はそれだ。
あとはどうやって攻撃を当てるかだが……
そこに、突如フルールが現れる。
「こっちよ!」
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