第16話

 地響きが響き渡る。木々がなぎ倒される音がする。強制的に襲ってくる寒気が、立ち向かってはいけない強大なものの存在を示している。


「な、何なのよ、これ……。こんなのまるで……」


 フルールが震えながら言う。ハイエルフは感覚が鋭いのか、より具体的に脅威を感じているようだ。


「何かわかるのですか?」


 みんなを代表してソニア様が尋ねる。エルフのシシトウも冷や汗をかきながらも具体的なことはわからないようだ。


「そう、シシトウもわからないのね……。これは、伝説級の化け物の気配よ」


「「「伝説級!?」」」


「ええ、エルフの誕生物語は知ってる?」


 と聞かれたので頷く。伝説級の化け物、エルフの誕生物語……もしかして、と一つの考えに至ったところでフルールが話し出す。


「みんなも見当がついたみたいね。そう、エルフの誕生物語に出てくる森を半壊させた化け物。今現れた何者かからもそれと同じ気配を感じるわ」


 まるで直接見たかのような言い様だ。まさかハイエルフってのは……


「お察しの通り、ハイエルフは『始まりのエルフ』とも呼ばれる、最初に現れたエルフたちのことよ。詳しく説明している時間は無いから今はここまで。さあ、逃げる支度をするわよ」


「逃げるのか?」


「あんなの戦って勝てる相手じゃないわ。逃げるしかない」


「そうか。でも俺は戦うぞ」


「「!?!?」」


 フルールとシシトウが驚きの表情を浮かべる。伝説級の化け物と聞いてシシトウも戦うのを諦めていたようだ。


「俺たちは王都から一週間でやってきた。つまりここで化け物を倒さないと王都や他の街に被害が出るかもしれない。だから倒さないとな」


「馬鹿言わないで!あんなの人間が倒せるものじゃないわ!」


「でも物語では倒せているだろう?なら俺にだって可能性はあるさ」


「うっ……それは、そうだけど……。って俺に?俺たちにじゃなくって?」


「ああ。逃げたければ逃げたらいい。俺はそれを責めないし恨みもしない。生き残りたいというのは本能だしな。それに、ソニア様たちを危険な目に遭わせるのもなあ」


 そう、最初から一人で戦うことになるかもしれないと思っていたのだ。さっきの質問は一応確認しただけ。ソニア様には逃げてもらわないといけないし、アズールたちにはその護衛をしてもらわないといけない。

 だからエルフたちが逃げるなら俺は一人で戦うことになる。

 まあやってやれないことはないだろう。人数は物語の数分の一になるが、俺には【採取】があるのだから。


「なら、悪いけどエルフは別行動を取らせてもらうわ」


「ああ、無事逃げ延びてくれよ」


「べ、別に逃げるなんて……」


「ソウヤ様!私たちを逃がしてお一人で戦うおつもりですか!?」


 フルールの言葉を遮りソニア様が問う。


「ええ、そうです。王女を先頭で戦わせる臣下がどこにおりましょうか」


「あなたは私の臣下ではありません。守るべき民です。私こそ、命を懸けて戦わなければならないのです」


 どうやら意思は固いようだ。仕方ない。


「わかりました。共に戦いましょう」


 結局俺が折れることになった。こうなったら、ソニア様を死ぬ気で守らねばなるまい。


「じゃあ、フルール、シシトウ、達者でな。エルフのみんなによろしく伝えてくれ」


 そう言い残して俺たち五人は地響きの中心地へと向かっていくのだった。



 目的地に近づくにつれ、だんだんと感じるプレッシャーが強くなってくる。意識せずとも震えが止まらず、喉が渇き、考えがまとまらなくなる。

 それはみんなも同じようで、一様に蒼白な顔をしている。

 はあ……だめだな。戦うと言い出した俺が情けない姿を見せ続けるわけにはいかない。

 たしかこういうときは……

 息を深く吸い――


「スゥーーーー」

 

 ――止める。そして吐く。


「フゥーーーー」


 それを繰り返すうちに震えが止まる。脳に酸素が行き渡り、思考が鮮明になってくる。

 よし、もう大丈夫だ。大丈夫。俺はやれる。どんなに強大な相手でも、必ず打ち倒してみせる。俺には最強の【採取】がついているのだから。



 とうとう探知魔法に強大な反応が引っかかった。ヤツの形と採れる素材が顕になる。


「これは……猪!人間よりはるかに巨大な猪だ!」


 猪で最も危険なのは前方に突き出た牙。それを破壊するために、今回の得物は――大鎚だ。

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