第5話
「ミ、ミノタウロスだ!」
牛の魔物と見間違えて近づいたそれは、あまりにも危険な存在だった。
ミノタウロスは上級の魔物の中でもさらに上の方、討伐に騎士五十人は必要なとても強力な魔物である。
対してこちらの戦力は俺含めてもたったの十数人。とてもではないが勝ち目のある戦いにはならないだろう。
もともとこちらに気づいた様子はないミノタウロスだったが、騎士の叫びを聞き、こちらに気づいたようだ。こうなってはこの危険な存在をソニア様に近づけるわけにもいかない。こちらがこの場で全滅するか、こいつをどうにかして討伐するかだ。
それを悟ったか、騎士たちは陣形をとり突撃した。俺はまだ連携に組み込まれていなかったため、出遅れてしまった。この差が命運を分けたと言えよう。
ミノタウロスはその腕の一振りで騎士たちを薙ぎ払う。騎士たちは方々に吹き飛ばされ、まだ宙に浮いている者、草原を転がる者、岩にぶつかる者と様々だ。
だが、早々に戦いから離脱してしまったことは一様に同じだった。こうなれば残るは俺のみとなるわけで……
「ぐっ!」
ミノタウロスが振り上げた腕を振り下ろす。ただそれだけで大地は割れ、土塊が宙を舞う。なんて力だ。あれに当たってしまえばその時点で終わりだ。何とか回避に成功したが、そう何度も上手くいくとは思えない。
なんて言っても人体の幅の倍以上あるその腕や脚から繰り出される攻撃は単純ながら広範囲、高威力なのだ。こんなのにどう勝てって言うんだよ。今までの二戦では感じることのなかった恐怖が心を支配する。
横薙ぎの腕をみっともなく後ろを向いて逃げることで回避する。
顔を上げるとそこに見えたのは――――
「そうだよ、俺はソニア様を守る戦力だ。自分で言い出したんじゃないか!やり切れよ!」
なかなか戻ってこない俺たちを心配したのだろう。こちらに駆け寄ってくるソニア様の姿を見て、泣きそうだった顔を引き締める。
幸い、こちらには【採取☆☆】がついている。体は動く。剣もある。ならばやることは一つ。
「お前を、倒す!」
戦いの火蓋が切って落とされる。
ここまでの二戦、最後は頭を落として勝っている。となれば、今回もそれを狙うべきだろう。問題は、振り回される腕をどうするかだ。
一か八かで剣を振って斬り落としにかかるか?いや、それは最終手段だ。まだ賭けに出るには早すぎる。
斬り落とすには変わらないが、狙いは攻撃後の隙だ。やはり体が大きいだけあって、攻撃後には隙が大きめだ。その瞬間を狙う。振り下ろしを躱し、薙ぎ払いを躱し、パンチを躱し、ここだ!
「やぁあああああ!!」
パンチのために直線的に伸びきった右腕を、横側から縦斬りに断ち切る。
ヴモォオオオオ!!
と叫び声を上げているミノタウロスに向かって駆け寄り、首に向かって横一線に斬りつけ……ようとしたところでミノタウロスの様子がおかしいことに気づく。
――俺を見ていない!?
どこを見ているのかと思えば、ソニア様を見ている。俺に敵わないからといって、ソニア様の方に向かうつもりか!ソニア様は俺の方を見ていてミノタウロスの様子に気がついていない。
「行かせてたまるか!」
そう吠えて先ほどまでよりもさらに速い動きで斬りつける。こちらに気づいたミノタウロスは驚いた様子で防御体勢をとるが、俺の斬撃はそれを貫通し、ミノタウロスの頭を落とした。
終わった……。塵になったミノタウロスを見て、荒い息を整えながら思う。ギリギリの戦いだった。俺自身無傷ではある。だが、一撃でも食らっていたら死んでいた。そんな相手だった。
駆け寄って来ていたソニア様がこちらに到着する。
「大丈夫ですか!?」
「お、俺は大丈夫です。それよりも、騎士たちが……」
それぞれの場所に倒れている騎士たちを順番に見回っていく。命に関わる怪我をしている者はいなかったが、皆護衛どころではない重症だ。幸い近くに薬草が生えていたので、それを採って回復薬を作ってみた。後ろから、
「それは特薬草!?」
というソニア様の声が聞こえた気がしたが、回復薬作りに集中した。
完成した回復薬を騎士たちに何とか飲ませると、忽ちに傷は癒え、それどころか疲れさえも吹き飛んだという。……回復薬ってこんなに効果が高いんだっけか。その疑問の答えはソニア様が示してくれた。
「その回復薬に使われているのは特薬草です。特薬草から作られる回復薬は秘薬レベルの薬になるはず……だから騎士たちはすぐさま傷が癒え、それを通り越して元気になったのでしょうね」
どうやら、俺の【採取】スキルは、量だけでなく質も上げてくれるようだ。そういえばうちの村は他に比べて農産物の質が高いって評判だったっけ。【採取☆☆】だから、ただの薬草の上、上薬草のさらに上である特薬草が採れたというわけだ。まあなんにせよ、皆が治って本当に良かった。
俺も念の為回復薬を飲み、元気になった一行は再び王都に向けて出発するのだった。
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