『裁判所』 その2


 退廷に当たって、裁判長は、わざわざぼくのベッドに近寄ってきて言った。


 『残念ながら、一歩足りなかったんだ。ちょっと遅かった。』


 『え?』


 そうだ、あの、お風呂にいたのは、この人だったのだ。


 『きみは、よく頑張ったが、あと少し、力が及ばなかった。それだけのことだ。だが、それが、すべてだ。気に病むことではない。どうにもならないことがあるものだ。』


 『これから、どうなるのですか?』


 『なに、白い火葬場で、白い炎に焼かれる。そうしたら、また、あの白い家に入れる。こんどは、正式な住人だ。ただし、こちらには、戻れないよ。焼かれるからな。つまり、当たり前のあり方ではな。』


 『当たり前のあり方?』


 『気にするな。どんなに、判らないことでも、必ず理屈があるものだよ。では、さようなら。』


 裁判長は、去っていった。


 ぼくは、頭から、白い貫頭着を被った人たちに押されて、裁判所を出たのである。


 裁判所の隣は、『葬祭場』だった。


 みれば判る。


 しかし、そんなこと、かつて気が付かなかったが、『白い火葬場』『赤い火葬場』という分類がしてある看板が見えた。


 『なんだ、それは。第一ぼくは、生きているだろう。なんで、火葬場なんだい?』


 やっとこさ絞り出した声で、白衣に白い手袋のおじさんに尋ねた。


 『おや。さっき、言っただろう? 白い家に永遠の拘束をするためだ。』


 それは、裁判長だった。


 『君も知るように、いまの世の中は、1人で何役もこなさなければならないのさ。』


 ぼくは、ストレッチャーに乗り換えて、内部に運び込まれた。


 『これにも、ちゃんとした、ルートがある。判るだろう?』


 裁判長は、ウインクをした。



      😉

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