『病院』 その2


 やはり、再び寝てしまった。


 気が付いたら、やや広い、ひとり部屋の病室だった。


 手も足も、マリオネットみたいに吊り下げられている。


 そう言えば、途中の崖から飛び降りたかもしれない。


 あまり、明確ではないが、そんな気はしていたのである。


 病室は、やたらに静かだった。


 ぼくの記憶によれば、病院という場所は、けして静寂ではない。


 計器類が作動する音、呼び出しコールの音。看護師さんたちが走り回る音。


 ときには、亡くなる間近の方の、呻き声や、『いたい、いたい。』という叫び声がしたこともある。


 でも、それは、かなり昔のような気がするのだが。


 父が亡くなる時は、がんだったけれど、お薬が効いていたようだし、あまり、苦痛では無さそうだった。


 まてまて、父が亡くなったのは、今より遥かに後の事だっただろうに。


 ぼくは、しかし、あちこちが急激に痛い。麻酔が切れたせいだろうか。


 まあ、これだけ吊り下げられているのだから、無理はないか。


 点滴瓶が、みっつ、よっつ、釣り下がっている。


 それにしても、なぜ、生きていたのだろう。


 なんとなく、ありうべからざる苦痛が蘇ってきた。


 そう言えば、それは、生涯背負うような苦痛だろう。


 あのふたりが、ぼくをみて、笑っている。


 いや、時の問題なのかもしれないが、すでに経たない時なら、どうなのだろう。


 そんなことを、ぼっと、思っていたが、不思議なことに、誰も病室にはやってこなかったのだ。


 家族も。職場の人も、医師も、看護師も。


 部屋には時計は見えていない。


 首は動かすことができない。


 けれども、あたかも、ほんとに時間が止まってしまったかのように、誰も来なかったのである。


 そういえば、長い時間、なにも、飲んだり食べたりしていない。と、思い当たった。


 そう、あの、白い家に入って以来、まるで何にも口に入れていないのではないか。


 そうだよな。……あの、白い家。


 あそこは、何処だったのだ。


 でも、ならば、ここは、何処の病院だろうか。


 そう思うと、ぼくは、急激に激しい不安に襲われた。


 襲われたが、声も出せないことが判ってきた。


 しかし、そのまま、時間は過ぎる。


 まるで、引きずるようにだ。


 点滴は、とうに、無くなってしまっている。


 このままならば、ぼくは、たぶん、干からびてゆく。




        🌞

      🐟️







 


 

 

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