『白い家』 その10
溶け始めた靴に、意味があるだろうか。
それは、不気味だが、痛くも熱くもない。
ただ、溶けてゆく。
急速にだ。
足も、溶け始めるだろうか。
だから、当然に、ぼくは靴を諦めた。
底が完全に溶けてしまったから、もはや、靴の意味をなさないではないか。
だけれども、いまだ、足は溶け始めない。
ぼくは、靴を脱いで、その場の端っこに並べて置いた。
手を合わせた。
それから、また、走り始めたのだ。
ああ。しかし、こんどは、靴下が溶けてゆくのである。
裏側は、あっという間に無くなった。
だから、ぼくは、慌てて残りを脱いで、残骸をズボンのポケットにしまった。
そうして、また、走る。
地面は、なぜだか、やや、柔らかかった。
景色は変わらないが、もはや体力が厳しいことは、言うまでもない。
ただ、下り坂だから、ある程度は、勝手に降りてゆく。
重力は、ちゃんと働いている。
だが、ついに、ズボンが溶け始めたのには、驚嘆した。
だが、その速度は、やや、さきほどよりは、鈍ってきているように思えた。
ズボンの表面積は、かなり大きいからだろうか。
しかし、長ズボンが、半ズボンになるのは、時間の問題だ。
ぼくは、腕時計は、していなかった。
あのベルトは、皮膚に炎症を引き起こすからだ。
やがて、坂道は緩やかになり始めた。
始めての変化である。
そうして、ぼくは見た。
扉がある。
その両側は、一直線に伸びる線分になっていて、もはや、先には何もないようだったが、しかし、扉があるなら、先がある。
だが、その扉は、いまや閉まり始めていて、しかも、消えかけていた。
何かが、ぼくを呼んでいるようにも思った。
扉が、もう閉まる。
消滅する。
そのぎりぎりで、ぼくは、扉の向こうに飛び入った。
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