第六章 救済〈2〉
俺は咄嗟に前へと倒れ込むリイネを受け止める。
すぐにリイネは目を開けた。
「アンちゃん……? リイネ、頭がボォーとして……なの……」
「いいよリイネ、喋るな。全部終わった……」
ドラゴニックメイルが霧散するように俺の体から消えてゆく。アドリーが居なくなったから。
本当に、終わったんだ……
「これはこれは、なんという悲しい結末でしょう。しかしまさか、あのアドリアーナが自ら命を絶つとは、我も予想をしていませんでした……」
悲しげな声を上げ、悲痛な顔でペイルがこっちに近付いてくる。
「でも、これでようやくアドリアーナも楽になれた事でしょう。彼女にとっては、これが一番の救済でした。来栖杏さん、汝が気に病むことは何もないのです」
と、ハッキリと意識を取り戻したリイネが不思議そうに後ろを振り返る。
そして、声を上げた。
「アドリーちゃん……? アドリーちゃん! う、ウソなの……アンちゃん! アドリーちゃんが! アドリーちゃんがッ!」
ロングソードで胸を刺し貫き、血を流して横たわるアドリーに、リイネはすがりついて取り乱す。そんなリイネを、俺は強く抱きしめた。
「これはこれは、そこの才賀璃衣音もアドリアーナを愛していましたか……本当に辛いでしょう……でも安心なさい。汝らの哀しみ、苦しみを今より我らが救済いたします」
「なにを……」
「兄弟達よ! 我らはこれより天族の使命に従い人々の救済を始める! 原罪から人々を解放してさしあげなさい!」
ペイルの号令と共に、辺りの天族の動きが変わった。
――と、道の隅で小さくなって震えていた西城と小倉に、二人の天族が歩み寄る。
と、天使のように美しかった二人の天族は、みるみる姿を変えていった。二人は大きく口を開けると、その口の端は耳まで裂け、上唇はベロンと裏返り、鼻、目を覆って頭まで広がる。そして、下顎は地面へと落ちるように大きく開けられたのだった。
それは、デカい口だけのバケモノ……
その瞬間。
バクン――
「西城と小倉が、喰われた……」
「アンちゃん! アンちゃーんッ!」
リイネは叫び、俺は何が起こったのかも理解できず、ただ頭が真っ白だった。
だが、ペイルは相変わらずの天使の微笑みでにこやかに笑うのだった。
「これはこれは、驚くのも無理はないですね。まあ、あの姿ですものね、フフフ……でも安心なさい。兄弟達は別に彼女らを食べたわけではありません。彼女らの中にある原罪を浄化したのです」
「原罪を浄化……?」
「ええ。彼女ら二人は、どうやらそこの才賀璃衣音に激しい憎悪を抱いていたようですが、それもまた原罪が原因となった苦しみです。我ら天族は、その苦しみから人々を救う使命を帯びています――ああ、ほらっ、ご覧なさい。彼女らの体には傷一つ付いてはいないでしょう?」
デカい口だけのバケモノから吐き出された西城と小倉。確かに、ケガ一つしてはいないようだが、様子がおかしい……
弾かれるように駆け出したリイネが西城と小倉に駆け寄り、大声で呼び掛ける。
「西城さん! 小倉さん! しっかりしてなの!」
だが、二人は何も喋らない。というか、無反応……
「アンちゃん! 西城さんと小倉さんが変なの! ぼうっとしたまま全然動かないなの!」
「二人に何をした? 答えろペイル!」
「だから原罪を浄化したのですよ。原罪が浄化されれば人には善性だけが残ります。彼女らは今、正しい存在となったのです」
すると、ミース=キュアが自分の軍服のような長いジャケットを、裸のリイネの背中に掛けながら抑揚の無い声で言う。
「原罪は人に欲、を生み出す。その原罪、を奪われれば人は、根本的な『生きる欲求』すら、無くす」
それはもう単なるモノだ。人じゃない……!
「ペイルッ!」
「来栖杏さん、我らは別に人を人として正しい道に導くなど一言も言っていませんよ。人そのものが下劣で間違った存在なのですから、それをどう導けと言うのです?」
「なんだよ、それは……!」
「我ら天族は絶対的に正しい存在なのです。そして、人は絶対的に間違った存在なのです。だから正しい我らが間違った人を救済する。それは真理でしょう」
なんて歪んだ選民思想だ。コイツらは根本的に間違っている!
「ミース=キュア! オマエ、コイツらをこのままにしておく気か!」
だが、ミース=キュアは動かない。じっと静観している。
このままじゃ、世界が滅びる……
「クソッ、だったら俺が! 来たれ光よ! 我が手に!」
だが、聖剣は出ない。そうか、そうだよな、アドリーが居ない……俺は……俺は、結局アドリーが居なければ何も出来ない……
「さて、来栖杏さん。アナタも浄化してさしあげましょう」
にこやかに笑い、目の前に立つペイル。
「アレを見せられた時にはヒヤリとしましたが、今はそれも叶わぬでしょう……」
何を言ってるんだ……?
「さあ、動いてはいけませんよ」
言うと同時に、ペイルは俺に手をかざす。身動きが取れない。天威か……
そして、ペイルもまた口だけのバケモノに変貌した。
――もう、ダメか……
その時だった。
「アンちゃんをイジメたら、メッ! なの!」
俺とペイルの間にリイネが割って入ってくる。
「バカ、リイネやめろッ!」
「ならばアナタから……」
バクン――
リイネが喰われた………………喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われた喰われ喰わ喰わ喰われ喰われ……た……………………
「リイネェェェェェェェェェェェェェェェェッ!」
「アンちゃん?」
ペイルから吐き出されたリイネ。不思議そうな顔で……えっ?――
「リイネ、何ともないの……」
「ま、まさか……災いの子……」
恐れるように後退りするペイル。そこに声が聞こえた。
『リイネ、右手を前に出して、左手の人差し指を右に二回、左に一回振って』
――
「えっ? えっと……」と、リイネは戸惑いながら声に言われた通り印(コマンド)を切る。同時に、リイネの前に赤い魔法陣が浮かび上がる。
『したらアタシの声に合わせて。逆巻け豪炎、貫け火球――』
「えっと……さ、逆巻け豪炎、貫け火球――」
赤い魔方陣から凄まじい炎が吹き上がる。
『――
「――
夢中で叫ぶリイネの声と共に放たれる
吹き飛ばされるペイル。
致命傷には至っていないものの不意を突かれた分、かなりのダメージのはずだ。
そして、高笑いが聞こえた。
「アーッハッハッハッ! ザマァないわね! このカビ臭い腐れ処女!」
そこには、腰まで伸びた炎のような髪をなびかせ、ルビーのように美しく透き通った赤い瞳を輝かせるアドリーが立っていた。
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