第六章 救済〈1〉

 アドリーと睨み合ったまま、俺は胸に手を当てる――気力は充分、いける……!

 手にしていたロングソードを投げ捨て、俺はドラゴニックメイルを召喚した。


「盟約に従い来たれ、我が盟友よ」


 と、目の前に現れた盟約の竜は、最初から緑色のワンピースを着た少女の姿だった。

 彼女は厳しい顔で俺を見詰め、静かに口を開いた。


「一度しか聞かないよ。本当にいいんだね?」

「このままじゃリイネが死ぬ」

「……分かった。力を貸そう」


 彼女は無表情にそう答えると、俺の体と重なるように、その姿を全身鎧プレートアーマーへと変えた。


「さあ、始めましょう……」


 アドリーが不敵に笑う。同時に俺は踏み込む――コマンド――右左左!


「竜技――ドラゴン・ファング!」

「そんなのはお見通しなのよ!」


 竜の力が宿った俺の拳をアドリーは紙一重でかわす。と――赤黒く燃える魔法陣!


「地獄の業火よ、我が剣となれ――爆炎地獄インフェルノ!」


 地面を割って巨大な火柱が吹き上がる。炎系上級魔法。一万度を超える超高熱がアスファルトを一瞬で融解させる。だが!


「ドラゴン・ウイングッ!」


 俺はそれをドラゴンウイングの高速移動で寸でかわし、距離を取った。


「さすが勇者さま。よく今の間合いをかわしたわね――だったら、これはかわせる!」


 アドリーの目の前に赤い魔法陣。同時に、辺りの小石や落ちている物、周囲の家の屋根瓦やブロック塀までが一斉に浮かび上がる。


「触媒を使った魔法か!」

「火精よ宿りて我が敵を穿て――灼熱速射弾ファイア・ガトリング!」


 浮かび上がった物が火の弾丸となって一斉に襲いかかってくる。その第一波をかわしても、次から次へとあらゆる物が浮かび上がり、攻撃は止まらない。

 いや、それだけじゃない。その時々に火炎弾ファイア・バレツト爆砕炎陣ナパーム・カーテン、その他にも様々な爆裂系魔法まで織り交ぜてくる。今やアドリーの周りは魔法陣だらけだ。


「さすがは黒衣の魔王だな。複数の魔法を同時に使う連続魔法スキルか……」


 アドリーの攻撃に対し、俺はドラゴンウイングの高速移動でギリギリ避け続けるが――


『我が友よ。アドリーはあの魔剣使いとは訳が違うよ。一発でも当たったらいくらボクでも無傷じゃ済まない。きっと引き剥がされるからね』

「ああ、分かってる……」


 しかし、他の攻撃魔法はともかく、触媒を使った灼熱速射弾ファイア・ガトリングだけは物理攻撃の特性を持っているため、マジックシールドは通用しない――ならッ!

 コマンド――上下!


「聳え立て巨氷、凍てつく壁となれ――氷壁アイス・ウォール!」


 目前に氷壁アイス・ウォールを出して灼熱速射弾ファイア・ガトリングを防ぐ。


「こんなもの! だからどうしたっていうのよッ!」


 灼熱速射弾ファイア・ガトリングによって一瞬で破壊される氷壁アイス・ウォール。だが!――


「ダーリンがいない……!」


 俺はアドリーの頭上へと飛び上がっていた。

 コマンド――左右下!

 目の前に金色の魔法陣が浮かび上がる。


「ドラゴニックメイル装着時のみの限定魔法だ!」


 俺は金色の魔法陣に両手をかざして唱える。


「竜魔法――ソニックハンマー・インパクトッ!」


 山をも砕く竜の咆吼、その声を塊にして撃ち下ろす。魔人系の巨大モンスターすら倒す一撃必殺の魔法だ。

 しかし、アドリーは右手を高々と掲げると、


「ムダよッ!」


 その魔法を押さえ込み、消滅させた。が――


「今のを片手で受け止めるとは驚いたけど、ハナからオマエを魔法で倒せるなんて思ってない。ただ、オマエに隙を作らせたかっただけだ!」

「しまった、懐に……!」


 俺は身をかがめて一気にアドリーの懐に飛び込む。


「竜技――ドラゴン・ラッシュ!」


 相手への突進と共に数秒で数十発というパンチやキックを放つ竜技。

 だが、アドリーも即座に赤い魔法陣を浮かび上がらせる。


「炎の守り手よ、我が盾となれ――火精障壁ファイヤー・イージス!」


 火の精霊を使った物理結界魔法!


「アーッハッハッハッ! ムダムダムダよッ!」


 なんて物理結界だ。まるで岩肌でも殴っているみたいだ――


「――だったら、結界ごとブッ壊してやる!」


 俺は全身に力を込め、一気に地面を蹴る。


「竜技――ドラゴン・ブロウッ!」


 高速の体当たりで大型モンスターでも吹き飛ばす大技。これならッ!


「残念だけど、アタシの方が一瞬早いわ」


 俺のドラゴン・ブロウが結界を破壊すると同時に、アドリーは飛翔魔法で家の屋根に飛び上がっていた。

 と、アドリーは全ての魔法陣を消して一際大きな赤い魔法陣を空に浮かび上がらせた。


「瞬く星の炎は我が鉄槌とならん――終局爆炎流星ジ・エンド・オブ・メテオォォォッ!」


 途端に空が暗くなる。同時に空は割れ、真っ赤に燃え上がった巨大な隕石が迫ってきた。


「この地球の周りを飛んでいる隕石の一つに火の精霊を宿らせて召喚したのよ!」

「くっ! アドリィーーーーーッ!」

「さあ、降り注げ我が鉄槌よ! 焼き尽くせ! 破壊しろ! アーッハッハッハッ!」


 アイツはもう駄目だ。完全に黒衣の魔王に戻ってる。あの隕石が落ちたら被害はここだけじゃ済まない――

 ――でもッ! その魔法なら五年前にも一度見た!


「来たれ光よ、我が手にッ! 聖剣シャイニングブリンガー!」


 俺の手の中に伸びる光の剣。俺はそれを隕石に向ける。

 コマンド――上から左に一回転!


「聖剣技――フラッシュ・ブレイカァァァァッ!」


 聖剣シャイニングブリンガーが巨大な光の柱となって隕石を包む。その瞬間、聖剣の光に包まれた炎の隕石は消滅――

 ――同時に俺は、光の柱をそのままアドリーに向かって振り下ろした。


「これでどうだァァァッ!」


 だが、アドリーも咄嗟にマジックシールドを展開させて俺の攻撃を受け止める。

 ――が、攻撃の威力までは受けきれなかったようだ。

 俺の聖剣に弾き飛ばされ、アドリーは屋根の上から地面へと叩き付けられる。

 しかし、それでもアドリーはフラフラとしながらも立ち上がった。


「さすがはダーリンね……その光の剣が硬質化されていたらヤバかったわ……もっとも、光牙の鎧だったら、アタシの魔法は避けきれなかったでしょうけど……」

「………………」

「まったく笑っちゃうわよね。五年前のゲーム内で作り出した疑似隕石と違って、今のは本物の隕石なのよ? なのに五年前とまったく同じように消しちゃうなんて……」

「………………」

「さあ、どうしたのダーリン……アタシ、まだ死んでないわよ……」

「………………」

「ダメージは受けてても、魔力はまだ充分よ。まだいくらでも反撃出来るわ。もし本当にアタシを倒したければ、もうあの時の技を出すしかないわよ」

「………………」

「さあ、どうしたの! やってみさいよ! 勇者の持つ最強の必殺剣技を! じゃなきゃリイネはあと五分もしない内に消滅するわよ!」

「………………………………」

「そこまでスキルや魔法を出せているのなら、もう思い出しているんでしょ……?」


 そうだ、もう思い出している。俺は、あの聖剣技を……

 コマンド――――――――――――――――――――――――――――――


「これで終わりだ、アドリー……」


 聖剣シャイニングブリンガーが、黄金色の光を解き放つ。


「究極聖剣技――――」


 ……だが、次には光が収束していった。いや、俺が止めたんだ。

 俺は聖剣を消す。同時に力なくその場に膝を折ると、腹の底から叫んだ……


「出来るわけがないだろォッ!」

「ダーリン……」

「アドリー、オマエはメチャクチャで、トラブルメーカーで、魔法少女とか言っときながら思考回路は完全に魔王で……でも、なんか憎めなくって!」


 俺は更に声を上げた。


「何か無いのかよ! オマエもリイネも助ける方法って! 何かッ!」


 と、アドリーはゆっくりと俺の方に近付いてきた。


「本当に甘いのね、ダーリンは……」


 こっちに進みながら、アドリーは俺が投げ捨てたロングソードを拾い上げる。


「アドリー……」

「敵であるアタシにそんな優しさを見せるなんて、本当に甘い……」


 膝を折る俺の前まで来たアドリーは、ロングソードを俺に向かって突き立てる――と、ニッコリ微笑んだ。


「残念だけど、二人とも助かる都合のいい方法なんて無いわ。だったら、アタシはこうするしかないじゃない……」

「――――ッ!」  


 アドリーは、ロングソードを自分の胸に突き立てた……


「アドリー? アドリーィィィィィッ!」

「ごめんね、ダーリ……」


 後ろへと倒れ込むアドリー。同時に裸のリイネが姿を現す。アドリーが、そのリイネの背中を押すと、二人は分離した。

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