第二章 魔王少女〈4〉

「ふぅ、これで大丈夫だ」


 友達がリザードマンに変化すると同時に、塀に突き飛ばされて気絶していた生徒に俺は治癒ヒールを掛けてケガを治した。幸い軽い脳震盪を起こしているだけだったようで、治癒ヒールを掛けた今は頭のコブも治っている。

 そんな彼の近くにリザードマンだった彼を寝かせ、変身した時に破れてしまった制服や壊れてしまった彼のスマホをアドリーに無理やり時間逆行リバースで直させて――――

 よし、やるべき事はやった。少なくともこの非現実的な騒動の痕跡は消せたわけだし、後は野となれ山となれだ。


「じゃあ帰ろう。アドリー、そろそろリイネに戻って……」

「フッフッフッフッフ~……」


 何かイヤな笑い声が……


「こんな人気の無い所に来ちゃうなんて、それはつまり、アタシに襲われても文句は言えないって事よねぇ~」

「どうしてそういう思考回路になる。この痴女魔王は……」


 もう呆れ果てて溜め息すら出ない。


「オマエはこれにでも抱きついてろ」


 俺は、再び身代人形ダミードールを出そうと印を切ってマジックボックスを――って、マジックボックスが出ない……!


「これこれ」


 アドリーはニヤついて、指に引っかけた光るカギを俺に見せた。

 あのカギ、どこかで…………あっ!


「アイテム封じか!」


 そうだった。黒衣の魔王戦が始まると、あのカギが表示されてアイテムボックスが使えなくなるんだ。あれってアドリーの魔法だったのか。

 何だかヒジョーにマズイ展開……


「さあダーリン、諦めてアタシに童貞はじめてをささげなさい……」


 舌なめずりをしてジリジリとにじり寄ってくるアドリー。

 俺は壁際に追い込まれる。


「お、落ち着けアドリー。人気が無いって言ってもここは道端だぞ……?」

「アタシは自分の欲望に素直なの。食べたい物を食べて、寝たい時に寝て、抱きたい奴を抱くの」


 盛大な自由人だな、おい……


「それじゃあ、いっただきまーすッ!」


 飛びかかってくるアドリーに俺は思わず身構える。

 ……が、途端、アドリーは動きを止めて胸を抑えると、慌てるように叫んだ。


「ウソでしょ! なんでこのタイミングで目を覚ますのよ! もうッ、このバカリイネ!」


 アドリーが光に包まれる。その光が収まると、そこには暗幕カーテンに身を包んだリイネがちょこんと座っていた。

 ハハ、助かった……


「アンちゃんオハヨーなの……あれ? オバケは?」


 リイネは眠たそうな目をこすりながら辺りをキョロキョロと見回し、それから自分の格好に少し驚いた顔を見せる。


「あれあれ~、なんでリイネ、裸なの? アハハ、おかしいの」


 俺は笑顔を作ってリイネの頭を撫でると、「さあ、帰ろう」と、中腰になってリイネに背中を向けた。


「わーい! アンちゃんのオンブなの!」


 リイネは嬉しそうに俺の背中に抱きつくように乗ってくる。

 ――軽いなぁ~、本当に軽い。

 裸足のリイネを歩かせるわけにもいかないからオンブしたのだが、小学生の頃と体重が変わってないんじゃないか? まあ、身長も含めて色々と成長していないしな。

 アドリーは、手足もスラッとしていて、胸も大きくてスタイル抜群だったけど――

 ――同い年くらいの女子の裸なんて初めて見たな……始めて触れたし……リイネを意識した事ないからリイネじゃ全然分からないけど、本来女の子の体って、ああいうものなんだろうな……胸とか、脚とか、柔らかくてスベスベで……出会い頭にファーストキスまで奪われたんだよな、俺……

 なんか、ヒワイな想像が止まらない……


「アンちゃん? 顔真っ赤なの」

「いや、そ、その、だな……」


 俺は途端に恥ずかしくなり、頭をブンブン振ると、慌てて誤魔化した。


「そ、そうだ! 今日は色々と怖い目にも遭ったしさ、今日だけは一緒に寝るか」


 不思議なもので、同じ女子でもまったく意識していないリイネが相手だと一切そういう気にならない。まあ、よーちえんじだし、俺ロリコンじゃねーし。


「やった! アンちゃん大好きなの!」


 いつものようにリイネは、嬉しそうにそう声を上げた。

 もちろん、そんな言葉を口にしたところで、リイネに他意が有るはずも無い。小さな子供が家族に「大好き!」と言うのと同じなのだ。それがリイネだ。

 だから安心も出来る。

 その後、裸の上に暗幕カーテン一枚のリイネをオンブして帰った所を母さんに見つかり、空手仕込みの地響きのような怒鳴り声に俺は本気で死を覚悟した。

 しかし俺も、とにかく生き延びる事を諦めず、必死になって説明した。

 いや、もちろん本当の事を話したところで信じてもらえないのは分かっていたから、


「だだだだだからさ、リイネがさ、そうリイネが美術室でペンキだらけになって、ハシャぎ過ぎて制服も破れちゃって、着る物も無くってさ、仕方なく、仕方なくなんだよ!」


 などと自分でも何を言っているのかよく分からない言い訳をした。


「りっちゃん、本当なの……?」

「あのね、お母さん、オバケが出たの」


 こちらは更に分からない……

 当然、納得しない母さんではあったが、そこはまあ、いつものように父さんが助け船を出してくれた。

 もっとも、だからと言って母さんの怒りが治まるわけではなく、俺は一時間に渡る説教をくらう羽目になったのだが……

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