第二章 魔王少女〈3〉
「本当にちゃんと反省してる……?」
頭を下げる俺の耳に、アドリーの不機嫌そうな声が聞こえる。
俺は頭を下げたまま誠心誠意謝った。
「本当に反省してる。申し訳なかった。モンスターから助けてもらった事も、ちゃんと感謝してるよ」
と、アドリーは、俺の顔を覗き込み、ニマッと笑った。
「ンッフフ~、じゃあお詫びついでに、ダーリンの
またもや引っ付いてくるアドリー……
「待て待て待て待て待て待てッ! 調子に乗るな!」
俺はすぐさまアドリーを引き離す。と、アドリーは驚愕する顔を作った。
「この
「だから違う! 状況を考えろって言ってんだ!」
ホントに疲れる……
「いいか。もうすぐここには消防車やら救急車やらパトカーがやってくる」
すでにサイレンの音が近付いてきていた。
アドリーが放った
「このままじゃ大騒ぎになるだろ。生徒も先生も裸で倒れていて、教室は焼け焦げて破壊されている。こんな訳の分からない状況を見られたら間違いなく明日から休校だ。その前になんとかしないと」
「いいじゃん別に。ダーリン、学校キライでしょ? あっ、なんだったらアタシが跡形も無く吹っ飛ばしてあげようか?」
「バカ言うな……」
俺は、溜め息交じりに頭を抱える。
「そんな事したらリイネが悲しむ。俺は確かに学校が嫌いだ。消えて無くなった方がせいせいする。だけどリイネは学校が大好きなんだ。リイネを悲しませるわけにはいかない」
と、アドリーは自分の胸に手を当て、不思議そうな顔で呟くのだった。
「……この子もおかしな子よね。みんなに煙たがられて、イジメまで受けて、それなのに誰も恨んでないんだから。分かってないわけじゃないのにさ」
「それがリイネだからな」
「まあ、この子は特別だから、仕方のない事なのかもね……」
「特別? どういう意味だ?」
「意味も何も、ダーリンだって気付いているでしょ? リイネが普通じゃない事くらい」
確かに、かなり変わった性格をしているとは思うが……
「まあ、そんな風に、リイネが今までどういう人生を送ってきたかって事に関しては全部分かってるわ。アタシはリイネの中で寝ている間、あの子が経験した事は全て夢として見ているから」
「そうなんだ……で、特別って言うのは? 具体的に」
「それは今度ゆっくり説明してあげる。それよりも今は時間が無いんでしょ?」
リイネが特別、というのは、かなり気になったが、確かに今は時間が無い。この有様をなんとかしないと。
「それでダーリン、どうすんの?」
「どうするって……」
俺はちょっと呆気に取られた。どうするも何も、この有様をどうにか出来るのは、アドリーしか居ないのに。
「とぼけるなよアドリー。オマエ、
途端、アドリーがギクッとした顔を作った。
「俺、デビルズサーガって思い出したくもないけど、アレだけはよく覚えてんだ」
裏ボス、黒衣の魔王戦。それはもう完全なムリゲーだったのだ。
ありえない数で撃ってくる魔法攻撃にフィールドへの全体魔法まで仕掛けてきて、それだけでもキツかったのに、その時アドリーが身につけていた盾と鎧は伝説級。おかげでダメージはほとんど通らず、こっちは一発かすっただけでも
あんな苦労、忘れようったって簡単には忘れられない。
だが、アドリーは不満を一杯にした声を上げた。
「えぇ~! メンドくさぁ~い!
「そのわりにはガンガン使ってたろ」
「あれは防具に魔法が掛かっていたから。単なる無機物を再生するのってアタシ得意じゃないのよ。何度も言うようだけど、アタシの専門は燃やして破壊する事なんだから」
「でもさ、そもそも教室をここまで破壊したのはアドリーだろ」
「じゃあ、助けなければ良かった?」
「そこを言われるとツラいけど……でも頼むよ。中位魔法限定である勇者の俺じゃ
俺はジッとアドリーを見詰めた。と、アドリーは、
「はあァァァァ……」
と、大きな溜め息を吐いた。
「分かったわよ。愛するダーリンの頼みだし、リイネをないがしろにも出来ないしね」
アドリーは右手を高々と天にかざし、左手で印を切る。と、そこに紫色の魔法陣が浮かび上がる。
「過ぎたる時の流れよ、今一度ここに――
紫色の魔法陣から光が放たれる。すると、メチャクチャになっていた美術室も、ちぎれ飛んだり脱げてしまっていた生徒達や先生の服も、まるで逆再生されるかのように瞬く間に元に戻っていった。
ただ、リザードマンだった彼だけは裸のまま。破れたリイネの制服は、どこにも無かった。
「そこの彼の制服は、この場に現物が無いから無理。リイネの制服は、アタシの魔法に巻き込まれてケシズミになってどっか行っちゃったからやっぱり無理。すべてが目の前に揃っていないと
「なんでもって訳にも、いかないんだな――」
言いながら俺は、とりあえず自分の制服の上着を裸の彼に掛ける。
「――でもまあ、これだけでも助かったよ。ありがとう、アドリー」
「じゃあ、お礼のチュー……」
「だから調子に乗るな」
抱きついてこようとしたアドリーに俺は手の中の物を投げる。と、それはアドリーの目の前で大きくなり、アドリーはそれに抱きつき、むしゃぶりつくようなキスをした。
アドリーがキスをした相手は、何だかマヌケな顔をした人形。
「なによこれ!
あれ? 俺、無意識に
自分の肩の高さくらいに浮かぶ白い魔法陣……あっ!
「なあアドリー。もしかして、このマジックボックスもそのままなのか?」
マジックボックスとは、デビルズサーガの序盤終了辺りで手に入る魔法で、それまで十種類くらいしか携帯出来なかったアイテムも、この魔法が手に入るとすべて持ち歩けるようになる。ただし、いちいち
アドリーは、八つ当たりするように
「そうよ。ダーリンがデビルズサーガで集めたアイテムは全部使えるわ――ええい! こいつめ! こいつめ!――魔法陣に手を突っ込んで――こんちくしょうッ!――アイテムを思い浮かべれば取り出せるはずよ――もう! アタシの恋路の邪魔をするなんてッ!」
なるほど。
俺は、浮かんでいる白い魔法陣に右手を突っ込んでみた。すると、目の前にはゲーム画面そのままの表示が浮かび上がった。俺は、左手で画面をスクロールさせてみる。
そこには、凄まじい数のアイテムが納められていた。我ながらよく集めたものだと思う。
しかし、なぜだか薬草や毒消しと言った単純な物と、散々アドリーに蹴り回され、ヘナヘナになって煙のように消えていく今の
「これは……」
「それはね、ダーリンがちゃんとアイテム名を思い出していないから。そこを思い出さなきゃ使えないの。これは剣技や魔法に関しても同じ。ちなみにネットとかで名前だけ調べてもダメ。ちゃんと自分が持っていたっていう記憶が必要なのよ」
残念。結局宝の持ち腐れか。伝説級の武器防具やアイテムは全部集めたって記憶はあるが、どれがあったなんて俺は微塵も覚えていない。
と、所持アイテムをスクロールしながら見ていると、少し気になる物が目に止まった。もちろん他の物と同様、ぼやけて見えないのだが、アイテム名の横に付いているアイテムの種類を表すアイコンがゴソゴソと動いているのだ。
ぼやけていながらも、その形はなんだか……
「なんだこれ? 竜……?」
その時だ。校庭の方がだいぶ騒がしくなり始めた。サイレンの音と共に赤い光が窓を無数に暴れまわる。少しだけ外に顔を覗かせると、思った通り校庭は消防車、救急車、パトカーのオンパレードとなっていた。
「まずいな。急がないと……」
俺は、倒れているリザードマンだった彼をひょいと肩に担ぐ。もちろん普段であればこんな事は出来ない。これも勇者の力――
と、言うよりはRPG特有の『主人公のありえない怪力』というやつなのだろう。巨石をいとも簡単に動かしたり、何人もの仲間の棺桶を引きずって歩けたり。いわゆるRPGあるある。
「どうすんの? それ」
「どうするも何も、元居た場所に連れていくんだよ。目が覚めたら裸で別の場所に居ました、なんて騒ぎになるだろ」
「メンドウな事するのねぇ……」
「騒ぎになる方が面倒だよ。ほら、さっさと裏口から逃げるぞ」
面倒臭そうな顔を作るアドリーを横目に、俺は教室を出ようとする。
と、アドリーは俺の手を握り、
「だったら、こっちの方が早いわ」
と、廊下に出て窓を開け放つ。目下には中庭が見えるが――途端、アドリーは俺の手を握ったまま窓から身を投げた。
「ちょっ、アドリー、ここ四階ッ…!」
しかし、目の前にはすでに黄色の魔法陣が浮かび上がっていた。
「流麗なる風の流れよ、翼となりて我を運べ――
慌てたのも束の間、俺はアドリーと手を繋ぎ、風を切って空を飛んでいた。
「アドリー、飛翔魔法なんて使えたんだな……」
園北市の夜景を眼下に、俺は驚いた顔を作った。
――黒衣の魔王戦の時、アドリーが飛翔魔法を使った覚えなんて無いんだが……
俺は首をひねったが、そんな俺をよそにアドリーは得意気に答えた。
「フッフッフ~、アタシは魔法少女よ。空は飛べて当然でしょ」
「そこ気になってたんだけどさ、アドリーは魔王だろ? なんだよ魔法少女って」
「眠っている間に散々見せられたもの。魔法少女」
なるほど。リイネの影響か……
「確かにアタシは自他共に認める魔王ではあったけどね。でも、魔法少女を知ってからは別。あんなカワイイものがあるなんて知らなかった。この
「中身が別物だろ……」
魔法少女って言うより『魔王少女』と言った方がピッタリだ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます