第二章 魔王少女〈2〉
燃えさかる美術室で、高らかに笑う黒衣の魔王。
だが、不思議な事に炎は俺と黒衣の魔王の周りで止まり、また熱さもまったく感じなかった。
――そうか。予め
何となく思い出してきた。
確か、デビルズサーガでもそうだった。あのゲームは結構シビアで、例え自分の放った魔法でも、それに触れればダメージを喰らったはずだ。だから強力な炎系の魔法は連発すると、フィールドが火の海になって自分もダメージを負いかねないのだが、黒衣の魔王がそれでダメージ負う事はまず無かったのだ。しかし、かと言って
――持続時間が異常だったんだよな……
プレイヤーや他の敵が使う場合、十秒から十五秒くらいだったと思うが、黒衣の魔王の周りは常に
そんな物が現実に姿を現している。夢でもなんでもなく……
正直言って恐怖しかない。超兵器が服着て歩いているようなもんだ。その上、見境無し……
「さーて、邪魔者は始末したし、続きをしましょう。ダーリン」
「待て待て待て待て待て待てッ!」
再び、ひっついてくる黒衣の魔王を俺は引き離す。
「なんで~、もしかしてダーリンって男の方が好み?」
「違うッ!」
この色ボケ魔王……
……しかしまあ、どんな奴であっても、幸いにも俺には好意を寄せているみたいだから、付け入る隙はありそうだ。
とにかく、何としてでもリイネを取り戻さないと!
「なあ、本当にリイネは大丈夫なんだろうな? それとも――」
それ以上は怖くて口に出来なかった。想像もしたくない……
「リイネが無事だって言うなら、証拠を見せてくれ」
と、黒衣の魔王は溜め息交じりに返してきた。
「アタシ、信用無いのねぇ……まあ、ダーリンから見たら当然かもしれないけど。でも、リイネは本当に大丈夫よ。この体は、ちゃんとあの子に戻るから」
「本当だろうな?」
「本当に本当。それに、さっきの人間達だって大丈夫。あれはモンスターの魂にこの世界での存在証明を乗っ取られていただけだから。アタシの炎でモンスターはブッ殺したし、ちゃんと無事に戻ってくるわ」
そっか……よくは分からないが、一応ちゃんと考えてはいたんだな。この口振りなら少しは信用出来るか……
「まあ、そういう事なら――」
「もっとも、このまま焼かれ続けたら中身も死んじゃうけどね。アッハッハッハッハッハッ!」
その言葉、その下卑た笑い声が鼓膜に纏わり付き、俺の
俺の右手は考えるより先に振り上がり――
――パンッ!
黒衣の魔王の頬をひっぱたいていた。
「人の生き死にを笑ってんじゃねえよ! 今すぐこの火を消せッ!」
やっぱりコイツは信用出来ない。リイネには戻るが戻す気は無いとか言いかねない。黒衣の魔王がなんだって言うんだ。たとえ刺し違えたってリイネは取り戻してやる!
俺にひっぱたかれ、驚いたように茫然とする黒衣の魔王。
俺は、何かしてくるかと思い身構える。
が、黒衣の魔王はすぐに怒りを露わにしながらも、返ってきたのは魔法や暴力ではなく、まるでクラスの面倒臭い女子のようなヒステリックな怒鳴り声だった。
「なによ! アタシは燃やして破壊するのが専門なの! 消すのは専門外! そんなに言うならダーリンが自分でやればいいじゃない!」
拍子抜けではあったが、構わず俺も怒鳴り返す。
「出来るならとっくにやってるよ!」
「出来るわよ! アタシが顕現している間、ダーリンはデビルズサーガでの勇者の力は全部使えるんだから!」
俺は思わず真顔になる。
「はっ……? なんだよそれ……」
「ウソだと思うならやってみなさいよ! アイスウォールでもなんでも!」
あの勇者の能力が全部使える……?
どういう事だ? 頭が追いつかない……
しかし、黒衣の魔王の言う事が本当なら、つまり、今彼らを助けられるのは俺だけって事だ。ウダウダ考えているヒマは無い。
思い出せ、俺――
――確か、炎の魔法を氷の魔法で相殺する。それは、デビルズサーガでの防御方法の一つだった。この炎を氷系の魔法で相殺出来れば――よし!
俺は、恐る恐る炎に向かう。見れば、炎の中でモンスター達は消えかかり、その代わりに美術部員達の姿が見え始めている。あれが完全に消える前に助けないといけないって事か。
ちょ、ちょっと恥ずかしいけど……
「ア……ア……アイスウォール!」
――――――が、何も起きなかった……
「おい! ウソつき! 何も起きないぞ!」
なんだよクソッ、メチャクチャ恥ずかしい……
だが、黒衣の魔王は、ふてくされたようにそっぽを向いたまま答えた。
「アタシは、さっきどうやって魔法使ってた? 左手で印を切っていたでしょ。各魔法には決まった印があるの。あのゲームじゃコマンドって言葉に変えられていたけど。ここまで言えば分かるでしょ」
「コマンド入力……」
そうか。あの左手の動き、何か見覚えがあると思っていたけど、あれはデビルズサーガのコマンド入力の動きだ。だったら――
「アイスウォールは確か……」
俺は、黒衣の魔王の真似をして、右手を前にかざし、アイスウォールのコマンドを思い出しながら左の人差し指を動かす。確か……
……上、下。
すると、目の前に水色をした円形の魔法陣が浮かび上がった。
「その魔法陣に向かってゲームと同じ呪文を詠唱して」
言われる通り、俺は画面に表示されていたセリフを思い出す。えーと……
「……聳え立て巨氷、凍てつく壁となれ――」
意識もしていないのに、勝手に声が空気を震わす。力を感じる。
「――
その途端、身も凍るような空気が辺り一面を包み、目の前に巨大な氷の壁が聳え立った。それは燃えさかる炎を全て飲み込み、砕け、炎を全て消し去った。
何もかもゲームと同じだった。にわかには信じられない現実に、俺はゾクゾクした。ゲームをしている時の高揚感が蘇ってくる。
だが、小躍りして喜んでいる場合でもない。俺は、すぐに倒れている美術部顧問の女性教諭や生徒達に駆け寄った。モンスターの姿から人間の姿に完全に戻ってはいるものの変化する際、服はちぎれ飛んだり脱げたりしている為、全員が裸だった。
なるべく俺は、女性教諭や女生徒からは目を逸らしつつ、一人一人顔に手をかざして呼吸を確かめてゆく。
と、ちゃんと呼吸はしている。俺はホッと胸をなで下ろした。
しかし、少しヤケドの痕が見えるのが気になった。
「じゃあ、アレをかけておくか……」
俺は、再び右手を前にかざし、左手でコマンドを描く。
……下、下。
と、白銀に輝く魔法陣が浮かび上がるり、俺はまた当時を思い出しながら呪文を唱える。
「えぇーとぉ……恵みの光よ、癒やしたまえ――
同時に、魔方陣からはまばゆい光が放たれ、それは倒れている顧問や美術部員達を包み込み、瞬く間にヤケドを治していった。
「良かった。うまくいった……」
これで一安心だ。あとは、アイツをどうするか――
――って、黒衣の魔王ってば、背中向けて泣いてるし……魔王だよね?
その姿は、なんだか普通の女の子みたいで、そう思うと、途端に罪悪感が……
「あ……あのさ、悪かったよ。いきなり、ひっぱたいたりなんかして……」
「………………」
「リイネの事で焦っていたから、ついカッとなって……」
「だから何度も言ってるじゃない。リイネは大丈夫って。私は今、あの子の存在証明を借り受けて顕現しているだけ。その間、あの子は寝ているだけよ。目を覚ませば元に戻るわ……」
「だから、その、悪かった……」
「本当に悪いと思うんなら、ちゃんと名前で呼んで。アタシは、おい、でも、オマエ、でも、黒衣の魔王でもない。クイーンアドリアーナって名前があるの。愛称はアドリー。だから、ちゃんとアドリーって呼んでよ……」
「ひっぱたいてすまなかった、アドリー」
俺は、彼女の背中に深く頭を下げた。
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