第一章 キョウとリイネと……〈4〉

 帰り道の商店街。俺はリイネと手を繋いで帰っていた。いや、厳密には気付いたら繋がれていたのだが……


 ――しかし、アレは一体なんだったんだ……


 リイネの横顔を見詰めながら、さっきの超常現象染みた出来事を思い起こす。

 突然、西城と小倉の体から吹き上がった炎。

 リイネの変貌。

 いくら考えても分からなかった。リイネに何か起こっているんじゃないかという不安だけが俺の中に渦巻いていた。出来る事なら、家以外の場所ではリイネから目を離したくない。


 ――俺もバスケ部に入れれば……


 そうすれば、西城と小倉からも、様々な悪意からも、そしてあんな訳の分からない出来事からだって守ってやれる。

 でも、部活は医者に止められていた。なるべく体育の授業以上の運動はしないようにと。

 俺は、生まれつき心臓が弱いのだ。

 母さんが俺に空手を教えられないのもそのせいだ。十歳くらいまでは走る事すら止められていた日常だったが、それ以降は発作は起きていない。それでも薬は常に携帯しているし、医者も成人するまで油断はするなと言う。自分ではどうしようもなかった。


 ――この体さえどうにかなれば……


 だからと言って親を恨んだ事なんて一度も無い。ただ、そこに現実があるだけだ。その現実に抗う術を待たない自分を本当に不甲斐なく思う。

 再び俺は、リイネの横顔に視線を落とした。何が楽しいのか、リイネはニコニコしている。この笑顔だけは、絶対に守ってやりたい。

 と、そんなリイネは不意に「あっ!」と、何かを思い出したように声を上げ、俺を見上げた。


「アンちゃん。リイネのスマホ」


 俺も思わず、「あっ!」と声を上げ、


「ごめんごめん」


 と、慌ててポケットの中からリイネのスマホと財布を取り出し、リイネに渡す。今みたいな状況だ。念の為、部活中は俺がリイネの貴重品を預かっているのだ。いつもだったら部活帰りにすぐに返しているのだが、今日はあの超常現象せいですっかり忘れていた。


「ありがとうなの」


 と、リイネはそれらを受け取ると、早速のようにスマホを操作し始めた。


「リイネ、歩きスマホは危ないぞ」

「アンちゃんとお手て繋いでいるから大丈夫なの」


 俺は案内係か何かか……


「あっ、やっぱり今日からだったの!」

「何がだ?」

「アンちゃん、コンビニ寄ってこうなの」


 言いながらリイネは、俺にスマホの画面を見せてくる。そこに映っていたのは、今リイネがハマって見ている魔法少女アニメのコンビニコラボの記事。俺は思わず苦笑を浮かべた。


「ホント、リイネは魔法少女好きだな。でも自分の小遣いで買えよ」

「大丈夫なの」


 嬉しそうな笑顔でリイネは早歩きになって俺の手を引き、コンビニへと一直線に向かい始めた。



 リイネが運動以外に好きなものがもう一つあった。それが魔法少女だ。日曜朝の国民的魔法少女アニメは毎週欠かさず見ているし、深夜アニメも欠かさずチェックしている。


『リイネね、大きくなったら魔法少女になりたいの』


 十五歳にもなってリイネは本気でそういう事を言い出す。確かに笑顔でいてくれればいいとは思うが、それはそれでちょっと頭が痛い。そもそも大人になったら少女じゃないだろう……

 コンビニの前に着くと、店先にはリイネが今ハマっている魔法少女アニメのキャラののぼりが立ち、垂れ幕も掛かっていた。リイネは目を輝かせてそれらを見詰め、それからスキップでもするかのように店の中に入ってゆく。俺もその後ろをついて行く。

 店内に入ると、その魔法少女のアニメキャラ一色だった。案外大々的にやっているみたいだ。リイネは満面の笑みでクリアホルダや小物などのグッズ、コラボ商品などを物色し始める。

 俺はと言えば、別に興味も無く、マンガ雑誌でも立ち読みして待っていようと本棚の方へと足を向けた。

 と、その時だった。鼓膜に突き刺さるような赤ん坊の泣き声が店内に響き渡った。さっきからぐずっているような声が聞こえるなと思っていたが、それは我慢の限界をむかえたかのように爆発したようだった。

 レジに並んでいたその女性は、前掛け型の抱っこ紐で赤ん坊を胸に抱き、両手に荷物と商品を抱え、ただただ困った顔で赤ん坊をあやしている。と、その後ろに並んでいたサラリーマン風のオッサンが、露骨に嫌な顔を見せた。


「うるせーなー……」


 母親はそのオッサンに頭を下げて謝り、赤ん坊をあやし続ける。レジを打つコンビニの店員は、知らんぷりで黙々とレジを打っている。

 店員も店員だが、そもそもオッサンがおかしい。大人げない……

 そこにリイネが駆け寄っていった。


 ――やっぱり行ったか。


 リイネは母親にニッコリ微笑むと、その笑みをそのまま赤ん坊に向け、頭をなで始めた。


「大丈夫なの。何も怖くないの。ママはちゃんと見ていてくれてるの」


 すると、赤ん坊は次第に泣き止んでゆき、すぐにキャッキャッと笑い始めた。


「へぇ~、アナタ、すごいわね。ありがとう。助かったわ」

「どういたしましてなの」


 リイネは、母親と笑顔を交わし、俺はその様子に安心して再び本棚の方へと向かった。

 大好きな運動が下手の横好きである代わりに、リイネには特技が二つあった。一つは裁縫。もう一つは、今のように子供をあやす事だ。

 幼い頃からリイネは、泣いている子供をあやすのが上手で、泣いている子供を見ると必ず今のように駆けつける。そして、リイネに笑顔を向けられた子は、必ず笑顔になるのだ。


 ――将来は保母さんにでもなればいいのに。


 とは思うが、本人はどう思っているのか。なんせ本人の将来の夢は『魔法少女』だからな……

 俺は溜め息を漏らしつつ、まだ時間の掛かりそうなリイネを待つ為に本棚のマンガの物色を始めた。

 と、不意に目に入ったのは、マンガ雑誌と並んでいた一冊のゲーム雑誌。


「おっ、アレの新作が出るんだ」


 俺は思わずそのゲーム雑誌を手に取って開く。あの頃以上に、今は面白そうなゲームが増えた。時間の許す限り、片っ端からプレイしてみたい、ゲーム雑誌を開く度にそんな思いに駆られる。


 ――綺麗なCGだな。

 ――へえ~、このストーリー面白そう。

 ――おっ、すげえアクションじゃん。主人公もカッコイイな。


 ページをめくる度に、その先に夢が見えた。俺はつい夢中になってページをめくり続けた。

 だが、その時だった。


「アンちゃん、赤ちゃんとっても可愛かっ――アンちゃん……?」


 振り返れば、いつも笑顔のリイネが、見る見るうちに笑顔を消し、不安な顔で立ち尽くしていた。


 ――しまった!


 俺は慌ててゲーム雑誌を本棚に戻す。


「アンちゃん、ゲーム……」

「ん? ああいや、間違えたんだよ。隣のマンガを取ろうと思ったらさ――俺がゲーム雑誌なんて見るわけないだろ。ゲームなんてやめたんだから」

「でも……」

「そんな不安な顔するなよ。それより、赤ちゃんは可愛かったか?」

「うん……」

「気に入った物は買えたか?」

「うん……」

「よかったな」


 俺は自分からリイネと手を繋ぎ、コンビニを出た。

 ……俺は、過去にたった一度だけリイネを泣かせた事がある。

 切っ掛けは、デビルズサーガ。

 それ以来、俺はゲームと名の付く物、ゲームが出来てしまう物はスマホやガラケーに至るまで、そのすべてを捨てていた。

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