第3話〈開花〉
通常、不在者の生死が7年間明らかでない場合、その者の死亡が普通失踪として認定される。
中には、7年の失踪を経て新たな生を謳歌するような人間もいるが、大方、数年で馬脚を現す。
実際、このエドガーという男は3014年に失踪届が受理され、3021年には普通失踪として処理が完了されていた。
何よりも不可解なのは、非置換肉体部位の老化が、およそ100年経ったとは思えないような若々しさを保っていることだ。西暦が3000年を越えようと、コールドスリープや老化に抗う技術は実現しなかったことを考えれば、目の前の彼の異常性が際立つ。
「肉体年齢、フレームの劣化……この単眼も3010年式だ」
「リコール運動があった奴か?精々5-6年で自然に脆性破損するって話だったか。じゃあよ、なんで100年近く過ぎてこんな新品同様なんだ」
「それは……冷暗所環境で長く放置されていただとか……」
無風環境などで長らく静置されていた可能性もあるが、それでも、気の遠くなる年月を耐えられるような代物であるだろうか。
「不思議が重なるな、これはあれだ、カミカクシって奴だろ?それならすんなり説明がつく、神様にさらわれたんだよ!」
「……ああ」
空返事をする。ここまで異様な条件が連続すれば、流石に都市伝説ですら疑いたくなる。
だが、科学技術と理論に依拠する人材である以上、そんな物に頼ることは出来ない。しばらく勘案し、結論を出した。
「仕方ない、あまりにも不審な点が多すぎる。起こしてやれ、一度しっかりと話を聞く必要がある」
「あーあ、決めつけ暴力で無辜の市民を虐待かって、明日の朝刊には鮮烈デビューだ。怖くて夜しか寝れねえや」
ショック状態から意識を呼び覚ますため、首筋へ慣れた手つきで気付けの薬剤を注入する。
びくりと体が震え、キチキチと焦点を合わせる音を鳴らしながら、単眼がこちらを捉えた。
「ふざ……るな……!」
口がもつれているらしい、もごもごと罵詈雑言を吐いているようだ。
「すまなかったな、100年越しの最悪の寝起きだろうが我慢してくれ」
尋問を行っていた時とはまるで人が変わったかのような柔和さで対応する。数年間この仕事をしてきて、ギャップで懐柔する術を身に着けていたが、同僚からの評判はすこぶる悪い。
だが、少なくとも目の前の彼はその豹変ぶりに面食らっているようだ。
「お前が気絶している間に、こちらで色々調べさせてもらった。確かにお前は3014年前後で失踪している」
「単刀直入に訊こう、何があった」
長時間の聞き取りで対象が再度気を失うことは避けたいため、話の核を先んじて聞き取る。断片的であっても、繋ぎ合わせれば大まかな状況は浮かび上がる。
「どうせ信じないだろうな……」
彼は記憶を辿るようにして、ぽつりぽつりと答え始めた。
「薄暗い空間の中で……捕まっていた」
気絶からの覚醒にこれほどの冤罪拷問と不可思議な時間の断絶を前にして、冷静に適応していることに驚く。
「どこで捕まっていたんだ」
相手の思考を一方向に促すよう、単純な質問で誘導する。
「あの時、俺たちは……そうだ、人を救出するために隔離市街へ向かったんだ……」
「隔離市街か……」
隔離市街は、2400年後半までの首都であり、中枢機能が備えられていた地下都市のことだ。現在は災害や老朽化により放棄されている。
「お前らが気にしていた花にまみれた死体……同じことが起きていたんだよ」
「なんだと?」
現在進行形で追っていた花の怪死事件が、過去にも起きていたという事実が浮き彫りになる。過去に同様の奇怪な案件が起きていながら、何故アーカイブに調査歴が残っていないのか。
「多分、まだあそこには俺の仲間が残っているんだ……頼む、あいつらを、あいつらを助け出してくれ」
震え、蚊の鳴くような声を絞り出している。身体への外傷がないとはいえ、この余裕のなさ、余程の恐怖に直面した時でないと見られない。
「分かった、約束してやる」
簡易とはいえ、少量の質問でそこそこの情報は得られていた。
退屈そうに舟をこいでいるバイマンの為にと、深堀よりも先に、より核心的な部分に触れていく。
「だが……お前たちは……いったい何に襲われたんだ……?どんな恐怖を味わった」
質問を認識した瞬間、彼の肉体が硬直し、震えがピタリとやんだ。
眼は遠くを見るような、心ここにあらずという表現がより正しいような状態になっている。
何が起きたのか。
数分間の平常の会話を経て、急激な容態の変化に二人は戸惑いを隠せずにいた。
気丈さを見て功を急いたのがミスだったのか、余程トラウマを刺激されるような質問であったのだろうか。混乱が広がる。
「言われたんだ、あなたは花だと」
彼が唐突に口を開く。
「あなたは
身体が震え始める、聞き取れない声でぶつぶつと何かを呟いている。
「俺は違う、俺を使わないでくれ」
明らかに様子がおかしい、せん妄を発症した人間に似ている。突然のうわ言、甲高い悲鳴と共に、台の上で魚の如くバタバタと暴れ始めた。
「バイマン抑え込め!クソ、何が起きた!」
「一体なんだってんだよ!」
眠気眼をこする暇もなく、力づくで押さえつけるが、あのバイマンですら抑え込むのに手こずっている。当初取り押さえた瘦せこけた男と同一人物とは思えないほど、尋常ではない力を放つ。
「嫌だ嫌だ、なりたくないなりたくない!」
ひと際、強く叫ぶ。
パンッ
破裂音と共に部屋が漆黒に包まれる。
電灯が割れたことが原因だった。
「おい……バイマン大丈夫か」
相方の安否を声でも確認する。薄暗くよく見えないが、バイタルサインを確認する限り、意識混濁状態にある。壁に叩きつけられて気を失っていると考えられた。
バイザーのライト点灯させ状況を確認する。FLIRなどの内臓暗視装置よりも、このような状況ではライトを用いた整理がより重宝される。
部屋中あらゆる場所に飛び散り、滴り落ちる赤と白の液体が真っ先に目についた。血液と人工血液の混合である事は明白であった。
(最悪だ)
心中で悪態をつき、最悪の状況を予想する。それでもその状況が実際に起こっていないはずだと脳内で否定する。
はたして、その最悪の想定は現実となった。
血にまみれ、四散する内臓と四肢。
大輪の蓮華が、そこに咲いていた。
電飾廻廊 松露 @syo_ro
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