第2話〈回帰〉
「ふざけるな!離せ!」
ところどころ欠けているプラ製の椅子に、喚く男を縛り付けた。縛る為に使った放棄されていたロープは湿っていて、動くたびにギチギチと耳障りな音を立てている。
「こいつ、体格の割にかなりのフレーム強度をしてやがる。胸部が凹んじまった」
「カーボンアラミドの軽量複合だろう、そいつが凹むほどの衝撃をあの一瞬でか?」
バイマンの胸部部位には、ちょうど野球ボールが当たった程度の凹みが見てとれた。痩せ細っているわりに、想像以上に膂力は強いようだ。
「お前ら、行警だろ!クソ、ようやく帰ってこれたっていうのに!」
「なんだ、分かっているじゃないか。じゃあ、なんで俺たちがお前を拘束したのかも、見当がつくだろう」
よれた男のフードを取り払い、大型単眼のついた頭を乱暴に引き寄せる。よく怯えていて、眼が小刻みに震えている。
「ひ、広場の……広場の死体のことだろ!あいつは、お、俺のダチだ!俺は殺してねえ!」
薄暗く、水滴や息遣いだけの重苦しい雰囲気のお陰か、想像以上の早さで白状した。極度の緊張にあるのか、声帯ユニットの振幅が乱れて声が上ずっている。
「俺たちは今まで捕まってたんだ!訳の分からない場所で、何年も!ようやく戻って来たんだよ!」
「捕まっていた、か」
過去の誘拐事件の被害者だろうか。手指を動かす間もなく自身の思考と連動した検索システムがバイザーの中で起動する。三者の中央に投影されたホログラムは、行政の過去十年間のデータベースを高速で遡っていた。
「誘拐事件自体はよくある話だ。高価なパーツを付けてる富裕層が興味本位でスラムに入り込んだら、翌年バラバラになっていた……なんてことがあるくらいだ」
いつの間にかタバコをふかしているバイマンが遠い目でつぶやく。吐いた煙が、重く中で漂っている。
「逆を返せば、よくある事件だからこそ行政側は当該事案に対して厳しい目を向けてるんだ。履歴がないってのは詰まるところ、俺たち行政のミスか、あるいは…」
「Search Limits」と表示された。データベースの探索が終了したことを示している。
<該当事案0件>
愕然とした男は襟首を持たれ、無理矢理立たされる。
「お前の嘘ということになるんだな。さて、洗いざらい話して貰おう……か!」
瞬間、拳の一撃が腹部へ叩き込まれた。元アイアンボクサーのバイマンの一撃を受け、男はたまらずえずいた。
「違う、本当に違うんだ……」
行政の警備官、いわゆる行警は強力な捜査権が与えられている国の代理執行機関だ。
一般的な警察と分派し、即応性の求められる事案で出動する。
行警について、治安に関わる要因排除であれば暴力行為であっても容易に認められることは、周知の事実であった。
社会性を欠如したバイマンのような腕っぷし自慢の崩れたちが、自身の暴力性を遺憾なく発揮できるフィールドとして活用していたのは言うまでもない。
故に行警は、階級や老若男女問わず至るところで恐怖の象徴とされていた。
「ぐあっ!」
複合鋼材の拳が腹部に打ち込まれる。
金属がぶつかり合う音、笑顔、辺りにまき散らされる人工血、嗚咽、破片、笑顔
やせ衰えた男の肉体は、数度殴られただけで見るも無残な姿に変わっていた。ピクリとも動かない。
「サンドバッグじゃないんだ、楽しんでいるところ悪いが、そろそろやめろ」
「ああ?いいところだってんのによ」
一度殴り始めるとアドレナリンが止まらなくなるのだろうか。「お前の相方が高頻度で相手をダメにしている」と、以前上長に咎められたことがあった。自分だって楽しんでいる癖にと、悪態をつきそうになったものだと思い返す。
わずかに意識がある相手の顔をはたき、話を続ける。
「さてと、まずは例の現場の映像を見てもらおうか。その後、遺体との関連性を洗って行こう」
「四日前の映像記録だ、年月日は3114年8月13日……」
ふいに、男が口を開いた。
「待ってくれ、今、何年って言ったんだ」
血液交じりの唾を飛ばし、精一杯の力を込めて声を絞り出している。
「何年か?西暦3114年だ、ほら」
記録用のタブレットに映る文字列を見せると、男の表情がみるみるうちに青ざめていく。収まっていた単眼の震えが、次第に激しくなっていく。
「そんな馬鹿な」
肩が上下している。
「今は、3014年だろう」
しんと静まり返った。
「は?」
思わず耳を疑った。男はクスリをやり過ぎたか、ストレス過多か、それとも先程殴り過ぎたか、何が原因かは定かではない。ただ、あまりにも雑な言い逃れであろう発言に二人で苦笑した。
「まあ何年なんて、今ここではさして重要じゃあない。なんだ、3014年だったらこの罪は許されていたとか、そんなことを言うつもりか」
男を睨め付ける。
「早く終わらせたいんだ。元々、何故この程度の殺人事件で呼ばれたかも分からないんだよ。これなら一般警察に任せて、家でB級映画でも見てた方がましだ」
男を引きずり広い台の上に載せ、猿轡をかませる。どうもこの廃店舗は、元は精肉店のようだった。おあつらえ向きだった。大型の肉断ち包丁を傍から取り出す。
「じゃあ、これから爪から指、手足を一つずつ落としていこうか。五体が無事でいたいなら、早く口を割ると良いぞ」
じたばたともがき、声にならない声を上げている。この瞬間が一番楽しいと、心を躍らせていた。
高揚を感じながら天井の照明をつける。
男の上半身の服装を破り、先程の殴打で露出したフレームの内部があらわになる。てらてらとした人工血液と金属光沢が相まって、太陽の光が反射した湖面のような煌びやかさを放っていた。
ふと、視界の端に数字の羅列が映り込んだ。被っていた血液を払い、数字を読み上げる。
「Lot.0003-05123009か」
「なんだ、どうした」
数字列が製造番号であることは容易に想像がついた。3009年製のフレーム、強化材規制が入る前の物だろうか。
「強化材か、どうりで……」
「もしかして、強化鉄鋼か?なるほどな、俺のフレームに凹みが出来るのも納得だ」
「闇市場に法規制前のフレームが流れるのは何ら珍しいことじゃない。流した人間も特定できる可能性があるな、番号検索をしろ」
大柄な体躯に見合わないタブレットを取り出し、ちまちまと検索を始めた。
「お前、未だに機能バイザーを使っていないのか」
「こっちの方が仕事してる感があっていいだろ」
指を上下させ、あるポイントでタブレットを弄る指が止まる。
「ええとなんだ、こいつのフレーム番号が……あった、これか」
鼻唄交じりに検索している。明らかに場の空気に合っていない能天気さを維持できるのも、バイマンの強みではあった。
鼻唄が止まった。
「見つけたか」
「おい、これ……」
唖然とした表情でタブレットを見ている。
異常な様子を感じ取り、タブレットの情報をバイザーに共有する。空間に浮いたタブを手で避け、内容を読み上げる。
【Lot.0003-05123009 使用者:エドガー フレーム:複合強化鋼 使用適合……】
当たり障りのない情報の羅列をするすると読み流し、ある部分で違和感を抱いた。
【コンディション:3021年8月 死亡認定】
「死亡認定されているだと」
先程検索した時には、そのような情報はここ十年内ではなかったはずだ。
行政のデータベース検索期間を3014年近辺に大きく拡張した。ホログラムがせわしなく動き始める。
冷や汗が止まらなくなっていた。
いくら技術面が発展しようと、人間の寿命は遅かれ100年前後が限度であることは明白だった。しかも、やせ衰えているとはいえこの男の肉体は若く、そのような乖離がある事はありえない。
そんな常識的な考えをあざ笑うかのように、ホログラム上の数字は指し示していた。
【エドガー 失踪届受理:3014年8月9日】
一体どういうことなのか。
この死んだ筈の男は、どこから現れたのか。
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