第1話〈沈着〉

「遺体検死の途中報告だ。死因は失血死。コルチゾールだか、ストレス物質も過剰に感知された」

「どうも生きたままぐちゃぐちゃになったらしい」

甘ったるい香りを漂わせたコーヒー缶を目の前に置き、大柄な男は続けた。


「ハル、お前も見ただろ。これはなにか、そう、超常的な力が働いたに違いない!」

大仰な仕草でこちらに同意を迫ってくる。


「なあ、バイマン、お前もいい年だろ。そんな空想の話をマジで起こったように語るのはやめろ。むず痒くなる」

「それと、この甘味料激マシのコーヒーを持ってくんのをやめろって言ったのは何回目だ?」


先日の張りつけ怪死事件から四日、二人は次の捜査指示を受けて車内で待機していた。

繁華街は降りやまぬ酸性雨をものともせず、ネオンが人々を彩っている。


「だけどよお、身体から花が咲くってどう考えても異常だろ?やっぱり心霊現象、呪いだ!」

「確かに、あの死体は普通の死に方じゃあない。だけどな、あの程度の四散っぷりは最近の違法サイバネ義肢ならいくらでも出来ちまうんだよ」

「花だって、陳腐なミステリー愛好家が植え付けたんだろうよ。『これが俺のメッセージだ』ってな」


荒唐無稽さに呆れかえり、バイマンと口論を続けていると、

車内に監視ドローンからの通知音が響く。


「ああ、来たぞ。あいつだ」


眼前の建物からフードを被った人物が現れる。周囲を落ち着かない様子で見渡しながら、人ごみの中を歩き出した。


「先日の事件、あの時間に周辺をほっつき歩いてた奴はあいつだけだ」

「じゃあ『インタビュー』しないとな」


資料を読み上げながら、煙草を押し消す。


「やるか」

「ああ」


グローブボックスから慣れた手つきで拳銃を取り出し、急ぎ車を降りる。

見失わないよう、やや歩調を強めた。


≪前方5m、左折≫


視界に監視カメラ、ドローンからの情報がリアルタイムにマッピングされる。

都市機能網との密接な連携は、行政お抱え警備官の特権と言える。


繁華街の外れ、閑散とした路地裏を歩き続ける。

「思ったより足が速いな、気づかれたか?」

「問題ない。次の袋小路で確保する」


順調に標的を追い込んでいたと思っていた矢先、

でふと、対象の反応が消失する。


「なんだ、この地点で反応消失だと」


ビーコンは確かに袋小路に入り込んでいったはずだと、バイマンはうめく。


「ああそうか、ここはそういう場所だったな。見ておけ」


そう呟くハルの眼前には、何の変哲もないコンクリート壁がそり立っている。

風化し、ざらざらとした表面を撫でまわし、一か所、他よりも表面がきれいな場所へ手をかざす。


赤と青のノイズが走り、壁は静かに姿を消した。顔に生ぬるい風が吹きつけてくる。

そこには、閉鎖された地下鉄への入り口が拡がっていた。


「スラムへの入り口だと。こんな実体ホログラムまで使ってよくもまあ」

「バイマン、保安教育基礎項の内容だぞ。スラムへの入り口は裏道や封鎖地区に多い」

「お前も私と働いて長いんだ、それくらいは勘を働かせろ」


嫌味を呟きながら、二人はほのかにカビ臭いへ空間へ足を踏み入れた。


―――――――――――――――――――――――――――


スラムは、加速する資本社会からドロップアウトした人間、違法サイバネ技術、犯罪者など、あらゆるものが流れ着く。

闇市と化したこの地下鉄は、以前から治安悪化の大元として要監視対象として当局から目をつけられていた。


「数年前よりも拡大しているな、市場の規模が」

「それに、さっきから熱い視線が周囲から注がれまくってるよ。スターは辛いぜ」


以前、違法サイバネの大量殺人があった際に流失技術の出所と技術者の特定が進み、この市場に乗り込んだことがあった。

強制捜査を行ったのも相まって、資本主義の傀儡である警備官や行政の人間を快く思わない者も多かった。


「次の角、適当な奴から身ぐるみを拝借するとしようか」

「お前、倫理観はどうした」

「必要なことだ、どうせ布一枚剥いだところで、ここで生きていくのに影響はないさ」


宣言通り、ふらつきながら整備用アルコール瓶を煽る二人組を背面から締め上げ、

カモフラージュ用のぼろキレを一枚ずつ着込んでいく。


「うう、とんでもねぇ匂いだ。折角の香水が台無しだぜ」

「未だに嗅覚を取っ払ってないのか。それに、尾行をするのになんでそんなものをつけてきた」

「まあなんだ、お前ほど仕事に入れ込んでいないってことの表れだよ」


ターゲットの靴跡を解析し、雑踏の中でも精度を失わずに追跡を続ける。

上から下、右へ左へ、せわしなく歩き続け、ようやく標的を再視認した。


「回り込め、廃店舗に突っ込む」

「おうよ」


単純な繰り返し構造の多い地下空間において、先読みは幾分か楽であった。標的の前後を抑え込むように素早く移動する。


「警備官です。同行願えますか」


単眼の瞳孔が見開かれ、翻り途端に対象は駆け出す。

しかし、脱兎の如き勢いは、待ち構えていた巨漢に完全に抑え込まれた。


「よう、探したんだぜ。ちょっとそこで話でもしようや」


じたばたともがき、うめく対象の頭を鷲掴みにし、3人の影は廃店舗の奥へと消えていった。

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