死の覚悟を得る

 私が3歳の時だった。私は母に連れられて近所の銭湯に入っていた。この時、弟も生まれており、母は私の体を洗うと弟の体を洗っていた。

「ちょっと待ってなさい」

 私は母に言われた通り待とうとしたが、待ちきれなくなり一人で湯船に入ることにした。

 この銭湯では、親子で入浴出来るように、子供用の浅い湯舟と大人用深い湯舟が繋がっていたのだ。なので、大人は深い湯舟に子供は浅い湯舟に居る事で一緒に楽しめる仕組みだった。


 私は子供の湯船に入っていたのだが、大人の方に入ったらどうなるのか試したくなってしまった。母には入ってはいけないと言われていたが、私は深い湯舟に片足を突っ込んだ。そして、そのままバランスを崩して深い湯舟の方に落ちてしまった。

 足は、当然つかなかった。手足をバタつかせて暴れた。泳ぎ方など分からない。ひたすら足掻いた。だが、足掻けば足掻くほど体は沈んでいき、そして完全に顔がお湯の中に入ってしまった。

 当然呼吸は出来ない。暴れれば暴れるほど体は沈む、肺の中の空気を全て吐き出し、私は生きることを諦めて死を受け入れた。体は湯船の底に沈んでいく、薄れゆく意識の中、母から言われた言葉を思い出していた。

「死んだら魂は天国に行くのよ」

 ああ、死んだら天国がどういう場所か見れるんだった。まあいいか、短い人生だったが、死んでみよう。私が、そう考えていると視界に光が見えた。あれが天国の光?そう思った時、体が浮かび上がり顔が湯面から出た。私は、その瞬間口を開けて空気を吸い込んだ。


『まだ、生きられる!』


 そう思った瞬間、私は生きたくなった。まだ、死にたくない!その想いが私の手足を動かしてしまった。バシャバシャと水音を立てて暴れると私は再び沈んだ。やっぱりダメなのか……。そんな思いが頭をよぎった。私は再び死を受け入れ足掻くのを止めた。


 力を抜いて暴れるのを止めた時、見知らぬ女性が私を湯船から救い出してくれた。


 私は、湯船から助け出されると、母の元へ駆け寄った。泣きじゃくりながら説明しようとしたが言葉に成らなかった。

 私を助けてくれた人が「溺れてましたよ」と母に言うと「ありがとうございます」と母が言った。その後、私は泣き止んで風呂に母と一緒に入った。


 私は、その後、顔を水につけることが出来なくなった。


===カグヤからの苦情===


「おい!危うく死ぬところだったぞ!3歳でゲームオーバーになるような罠を仕掛けるなんて最低!」

「まてまて、あれは死ぬイベントではない。現に死んでないじゃないか、それにあれはアマテラスの初登場シーンなんだぞ?」

「え?あの光って銭湯の天上の照明じゃないの?」

「ちゃんと思い出してみろ。湯船に沈んで暗くなってから明るくなっただろう?あれはアマテラスだよ」

「そう言われてみればそうか、アマテラスありがとう」

「間に合って良かった。助け出す条件が死の覚悟だったから、本当に死ぬ前に覚悟を決めるかハラハラしてたよ。だから『カグヤ死なないで!間に合って!』って感じで救ったのよ!」

 アマテラスは興奮して言ってきた。アメノのシナリオは難易度が高いが、その分スリルがあるから評価が高い。クリアできるか分からない難易度だからこそ、クリアした時に感動させられてしまうのだ。だが、アマテラスからアメノの嘘が暴露されたので追求する事にした。

「ア・メ・ノ?何が死ぬイベントじゃないよ!キッチリ死ぬルート残ってるんじゃない!」

「いや~、さすがにノーリスクだと面白くないだろう?」

「この!人でなしが~~~~~!」

 私は渾身の力を込めてアメノの左頬に渾身の右フックを叩きこんだ。血を吐きながら吹っ飛んでいくアメノだが、その顔を恍惚の表情を浮かべていた。


「まあ、でも、悟りを開かなくてもアマテラスのヘルプが入るのなら、まあ妥当か?」

「何を言っている。すでに悟ったじゃないか、死を」

 アメノは吹っ飛ばされた体制のままニヤリと笑った。

「3歳児に死の悟りを要求してんじゃねぇ~~~~~!」

 私は追撃で飛び蹴りを放った。アメノは壁にめり込んだ。そして、その顔は嬉しそうである。どうやったら苦しむんだこの男は……。

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