第12話 ハンマーヘッドシャーク
「……ぐっ! はぁ、はぁ……!」
俺は無事にゲートをくぐり抜け、影の世界へと辿り着いた。
辺りを見渡すが、薄暗くてよく分からない。
校舎からプールまで全力疾走した疲労で、足はガクガクと震え、呼吸も乱れている。
だが、休んでいる暇はない。
「状況は……」
俺はゆっくりと歩き出す。
すると、足元が濡れていることに気が付いた。
しかも、どこか微かに塩素の匂いがする。
そう言えば、表世界のプールは干上がっていたな。
つまり……
「この影の世界に水が吸い込まれていたってことか……?」
俺はそう判断した。
影の世界については、まだ分からないことの方が多いが……。
ゲートの発生位置によっては、水が吸い込まれてくることがあってもおかしくないだろう。
「こうしてまた首を突っ込むぐらいなら、雪宮さんに詳しい事情を聞いておくべきだったな……」
俺は少しばかり後悔する。
だが、別に聞きたくなくて聞かなかったわけじゃない。
彼女はクラスのアイドルのような存在だし、簡単には話しかけられないのだ。
今朝の挨拶だって、俺なりに頑張った方だろう。
ま、無視されたけどな……。
婚約云々の話すら夢だったんじゃないかと思えてきていたところに、今回の事件だ。
実にタイミングが悪い。
「ようやく、薄暗さに目が慣れてきた。とにかく、雪宮さんを探さないと……」
ピチャ、ポチャ……。
ピチャ、ポチャ…………。
俺の足音が響く。
しかし、それ以外は何も聞こえなかった。
「……誰もいないのか?」
俺は虚空に呼びかける。
静けさが逆に不気味だ。
俺が不安を覚え始めた、そのときだった。
――バシャッ!!
バケツ数杯の水を上からぶっかけられたような衝撃。
俺は思わず飛び退き、上を見上げる。
すると、そこには……
「さ、サメ……?」
空中に浮かんだ水の中に、サメがいる。
確か……ハンマーヘッドシャークという種類だったか?
頭がトンカチのような形になっているのが特徴だ。
正式名称はシュモクザメだった気がする。
異様なのは、頭部だけがサメで、身体は人間のような姿をしていることだ。
これも、以前戦ったような怪異の一種だろうか?
いや、そんなことより――
「雪宮さん!?」
俺は目を疑った。
空中に浮かんだ水の隣には、サメだけではなく雪宮さんの姿もあったのだ。
彼女の周辺にも、球状に水が浮かんでいる。
さしずめ水の牢獄といったところか。
その中で彼女は苦しそうに目を閉じ、必死にもがいていた。
右手には剣。
制服はところどころ破れ、血も流れている。
「くっ……! こいつ……!!」
俺はサメ型の怪異を睨み付ける。
おそらく、雪宮さんはあの怪異と戦っていたのだろう。
しかし残念なことに劣勢だ。
このままでは、窒息してしまう。
「雪宮さん!」
俺は呼びかけるが、返事はない。
強い彼女でも、水の中に引き込まれた状態では厳しいらしい。
「……迷っている暇はないようだな」
俺はポケットから2つの小瓶を取り出した。
中には、白い髪の毛が入っている。
もちろん雪宮さんのものだ。
退院する際、ブレザーのポケットに入っていたのを見つけ、小分けにして保管していたのである。
……別に、ストーカーではない。
この髪には、呪術的に何か特殊な力があると思ったのだ。
「よし……!」
俺は片方の瓶の蓋を開ける。
そして、髪を鞘に巻き付け、投げる準備をした。
幸い、怪異は俺の存在に気付いていない。
……いや、これは気付いた上で無視しているのか?
俺なんかより、雪宮さんの方が明らかに脅威だからな。
怪異にとっては、当然の判断かもしれない。
「ふぅ……っ!」
俺は大きく息を吐き出す。
悔しい気持ちはある。
だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「雪宮さん! 今、助けるから!!」
俺はそう叫び、勢いよく鞘を投げた。
――バシュッ!!
俺が投げた鞘が怪異に向かっていく。
髪の毛により威力がブーストされているため、当たればダメージを与えられるだろう。
だが、それは怪異にかすっただけだった。
「グルルル……!」
怪異は鞘を目で追う。
思っていたよりも高威力で、びっくりしたか?
その隙が命取りだ。
「狙い通り! うおおおおおぉっ!!!」
俺は全力で駆け寄る。
そして、2つ目の小瓶を怪異に向けて投げつけた。
――パリンッ!
瓶が割れる音が辺りに響く。
それと同時に、眩い光が放たれた。
「グルルルゥッ!?」
「今だっ……!!」
怪異が視界を奪われている隙に、俺は雪宮さんが囚われている球状の水塊に駆け寄った。
さっき投げつけた鞘には、2つの狙いがった。
1つは、怪異の気を一時的に逸らすこと。
もう1つは、雪宮さんが囚われている水塊を壊すことだった。
その狙いは見事に的中し、水塊の拘束性は緩んでいるように見えた。
「雪宮さん!」
俺は彼女の手を掴む。
そして、水塊から引っ張り出した。
「雪宮さん! しっかりしてくれ!」
俺は必死に呼びかけるが、返事はない。
どうやら気絶しているようだ。
「くっ……! 仕方ないか……」
俺は彼女を背中に背負い、影の世界を走り出す。
サメ型の怪異――ハンマーヘッドシャークが視力を回復するまでに、何とか態勢を立て直さないと……!
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