第11話 プールの異変

「はぁ……はぁ……!」


 俺は全速力で走る。

 息が苦しい。

 だが、急がなければ!

 何だか妙な胸騒ぎがする!


「うおおおぉっ!!」


 コーナーでも速度を緩めず、そのまま全力で曲がる。

 そして、プール前の門にたどり着いた。


「はあっ……! はぁ……!!」


 心臓がうるさいくらいに鳴っている。

 俺は呼吸を整えながら、門を開ける。

 夏休みのため、生徒が入れないよう鎖と南京錠で施錠されているはずだったが……。

 今は、その鎖が一刀両断にされ、門が開け放たれていた。


「一体……誰が?」


 俺は一歩ずつ進んでいく。

 すると、異変に気付いた。


「プールの水が……ない?」


 そう。

 プールに水が入っていないのだ。

 まるで、最初からなかったかのように……完全に干上がっている。

 そして、その中央部分には黒いオーラが漂っていた。

 例の事件と同じような雰囲気を感じるが、あのときと比べれば量は少ない。

 だが、それでも危険なことに変わりはなかった。


「あれは……」


 俺は拳を握りしめる。

 そして、水のないプールに降り立ち、一歩ずつ黒いオーラに近づいていった。


「このまま放置するわけにはいかないよな……。ミーちゃんは直前まで食堂にいたし無事だろうが……。他の生徒が巻き込まれているかもしれない。仮に今はまだ無事だとしても、このまま放置すればどうなるか……」


 俺はそこで言葉を区切る。

 そして、覚悟を決めて黒いオーラの目の前まで来た。


「ッ!?」


 その瞬間、黒いオーラの勢いが増し、渦を巻き始めた。

 俺は思わず数歩後ずさり、距離を取る。


「これは……マズい!」


(どうする? 俺にどうにかできるとも限らない。逃げた方がいいのか? いや、でも……)


 そんなことを考えているうちに、黒いオーラはどんどん勢いを増していく。

 そして、ついには竜巻のようになった。

 その中心は――


「影の門……。異界へのゲートか……!」


 俺は呟く。

 やはり、例の事件と酷似していた。

 あの竜巻の中心部にあるゲートに飛び込めば、また影の世界で怪異と戦うことになるかもしれない。


「くっ……! 俺はどうすれば――ぷごっ!?」


 突然、ゲートの中から何かが出てきた。

 それはなかなかに固く、俺は顔面に多少のダメージを負う。

 だが、痛がっている場合ではない。

 俺はすぐに、ゲートから出てきたものを拾い上げた。


「こ、これは……!」


 俺は目を見開く。

 それは、刀の鞘(さや)だった。

 忘れるはずもない。

 間違いなく、雪宮さんが使っていた刀の鞘だ。


「どうしてこれがこんなところに……? いったい、何が起きている……?」


 両断された鎖、空になったプール、黒いオーラの竜巻、そして雪宮さんの鞘。

 よく分からない要素ばかりで、頭がパンクしそうだった。


「冷静になれ、俺。とにかく、ゲートを通って影の世界に行くべきか……? いやしかし……」


 俺はなおも悩む。

 だが、あまり悠長にしている暇はないらしい。

 ゲートが小さくなりつつあるのだ。


「ちぃっ! 迷ってる場合じゃないか!!」


 俺は鞘を握り締める。

 刀の本体はここにない。

 影の世界で、雪宮さんが持っているのだろう。

 鞘は不要かもしれないが、一応は持っていった方がいい。


「ぬおおおおぉっ!!」


 俺はゲートを通る。

 幅がギリギリだったので、何とか気合いで押し広げた。


「だあああああぁっ!!!」


 ゲートが開く。

 視界が暗転し、影の世界へと移動していく感覚を覚えた。


「雪宮さん……!!」


 俺は静かに、しかし力強く呟く。

 そして、影の世界へと降り立ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る