第10話 タコさんウインナー

「うん……うん……。あ! そうなの!?」


 ミーちゃんは嬉しそうに相槌を打つ。

 ただし、その話し相手は俺ではない。

 彼女はギャル仲間とスマホで通話しているのだ。

 ビデオ通話であると同時にグループ通話でもあるらしく、かなり賑やかだ。


(ちょっと気まずいな……。どうしてこんな状況になった?)


 俺は静かにつまようじをタコさんウインナーに刺し、口に放り込む。

 とても美味しい。

 ミーちゃんが作った料理だと思うと、なおさらだ。

 本当はコンビニで菓子パンでも買おうと思っていたのだが、彼女が俺に弁当の一部を譲ってくれた。

 そして、食べ始めて少し経った頃、彼女のギャル友だちからビデオ通話がかかってきて……。

 俺は完全に蚊帳の外に置かれたのだ。

 まさか通話に参加するわけにもいかないので、俺は静かに弁当をいただいている。


「あははっ! みんな、見て! あさのんが私の料理を美味しそうに食べてる!」


「え?」


 ミーちゃんはスマホの画面を俺に向ける。

 そこには、俺が弁当を食べる姿が映っていた。


「ちょ、ちょっと……!」


 俺は慌てて止めようとするが、もう遅い。

 ギャル友だちは、俺の姿に気付いている。


『え? もしかして……浅倉?』


「そ、そうだけど……」


 俺は渋々答える。

 すると、ギャル友だちは驚いたように言った。


『ミーちゃん、何があったの? こんな陰キャに弁当を食べさせるなんて……』


『失敗作の処分とか? ミーちゃん、最近になって突然料理の練習を始めたばかりだもんね』


 ギャル友だちが次々に口を開く。

 ミーちゃんは、特に気を悪くした様子もなく答えた。


「失敗作じゃないよ! ほら、見て!」


 そう言って、ミーちゃんは自分の弁当をカメラに近づける。

 ギャル友だちはそれを見て、ギョッとした表情を浮かべた。


『えっ!? これ、ミーちゃんが全部作ったの!?』


「もちろん! 私があさのんのために作ったんだよ!」


 ミーちゃんが得意気に胸を張る。

 俺は思わず視線を逸らした。


『完全にガチじゃん! 浅倉、ミーちゃんに何したの!?』


「いや、俺は何も……」


 ギャル友だちの言葉に、俺は口ごもる。

 俺の方が聞きたいくらいだ。

 どうして、ミーちゃんみたいなギャルが俺みたいな陰キャに優しくしてくれるのか……。


『夏休みだからって、そんな陰キャと仲良くするなんて……』


『あー、ひょっとして補修仲間だったり? ミーちゃん、いつもは悪くない成績なのに、今回は赤点ギリギリだったもんね。それで、自分から補修に申し込んで……』


『そっか! ま、陰キャでも補修仲間なら多少は話し相手になるか! 枯れ木も山の賑わいってやつ?』


『おおっ! むずかしー言葉、よく知ってんじゃん! 偉いぞー!』


 ギャル友だちは笑いながら言う。

 言葉の節々に、俺を馬鹿にするようなニュアンスが含まれていた。

 俺はさらに居心地が悪くなる。

 ミーちゃんだって、こんな俺と一緒にいては……。


「えっと、俺がいると邪魔だよな……? そろそろ帰るよ。弁当、ごちそうさま」


 俺はそう言って席を立つ。

 そして、急いで食堂の出口に向かった。


「あっ! あさのん! ちょっと待って――」


 ミーちゃんの声が背後から聞こえた。

 だが、俺は振り返らない。

 あの場に戻りたくなかったからだ。

 しかし、なぜ俺は戻りたくないんだ?

 ギャル友だちに馬鹿にされるのが嫌だった?

 もちろんそれも少しはあるが、あれぐらいの言葉はいつものことだ。


「はぁ、はぁ……!」


 気が付くと、俺は全力で走っていた。

 食堂からかなり離れた場所まで来たが、それでも足を緩めない。


「はぁ、はぁ……!!」


(くそっ……! どうしてだよ! なんで……こんなに胸が苦しいんだよ!?)


 俺は足を止める。

 そして、ゆっくりと息を整えた。


「ふぅ……」


 食堂でのひとときを思い出す。

 ミーちゃんは俺のために弁当の一部を譲ってくれた。

 とても美味しかった。

 思えば、女子の手作り弁当なんて人生で初めてだ。


(美味かったなぁ……)


 特に、あのタコさんウインナーは絶品だった。

 思い出すだけで幸せな気分になる。

 だが、それと同時に胸が締め付けられるような感覚が襲ってきた。


(……どうして、ミーちゃんは俺なんかに優しくしてくれるんだ? もしかして、あの事件のことを覚えているのか……?)


 あの事件のとき、ミーちゃんは怪異に操られていた。

 本人に意識はなかったはずだ。

 普通に考えて、覚えているわけがない。


「……落ち着こう。景色でも見て、心を落ち着かせよう」


 俺は深呼吸をする。

 そして、ゆっくりと考え始めた。


「…………ミーちゃんに謝らないとな。通話の話題に挙げられたのは気まずかったが、逃げるように帰ってしまうほどではない。失礼なことをした」


 俺は反省し、両手で自分の頬を叩く。

 よし、これで大丈夫だ。

 俺はそう判断し、食堂に戻ろうとするが――


 ドクン!

 心臓が大きく跳ねたような気がした。

 何か、良くない気配のようなものを感じる。


「この雰囲気は……あの事件の……?」


 そう。

 この空気には覚えがある。

 例の事件と、全く同じ空気だ。


「嫌な雰囲気の発生源は……プールか……!」

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