第9話 あさのん

(鬼畜教師め……。もう少しこう、手心というか……。配慮をだな……)


 俺は心の中で毒づく。

 午前の補習授業は、まさに地獄だった。

 特に数学が壊滅的だが……他の教科もボロボロだ。

 え?

 陰キャぼっちの上に勉強も出来ないとか……終わってる?

 ほっとけ。


「……ん。……のん」


「……え?」


 俺は誰かに肩を揺すられる。

 誰だ?

 いや、答えは決まっている。

 授業中に生徒の肩を揺らすのは……


「ねぇ、あさのん!」


「はいっ、先生! 答えはX=3、Y=……」


 俺は勢いよく立ち上がり、答える。

 だが、その言葉は尻すぼみに消えていった。

 違う……先生じゃない。

 ミーちゃんが俺の肩を揺すっていたんだ。

 彼女は急に立ち上がった俺を見て、驚いている。


「びっくりしたぁ。居眠りしてたの? 3人だけの補習授業で居眠りなんて、あさのんって意外に度胸あるね!」


「いや……」


「寝ぼけていたせいか、いつもより大きな声で答えていたし……。なかなか良い声じゃん。いつもあれぐらい大きな声だったら、みんなにも舐められないかもね?」


「…………」


 何も言えず、黙り込む俺。

 恥ずかしい。

 穴が合ったら入りたい。

 俺は静かに座り直そうとするが――


「さぁ、午前の補習授業は終わり! お昼ご飯の時間でーす!!」


「えっ? もうそんな時間なのか?」


 俺は教室の時計を見る。

 時刻は十二時過ぎ。

 確かに、昼食の時間だ。


「じゃ、行こうか。あさのん」


「い、行こうって?」


 俺は首を傾げる。

 だが、ミーちゃんは俺の腕を掴んできた。


「ほら、行くよ!」


「ちょ、ちょっと……」


 そのまま強引に引っ張られる俺。

 雪宮さんは、そんな俺たちを静かに見ていた。


「んふふ~。知ってる? 夏休みでも、食堂は開放されてるんだよ? 学食をつくってくれる人はいないけど」


「そ、そうなんだ……」


 俺とミーちゃんは二人で廊下を歩く。

 俺の腕には彼女の腕が絡みついていた。

 まるで恋人のようだが、もちろん俺たちはそんな関係ではない。


「えっと……」


 食堂に着いた俺は、助けを求めるように周囲を見る。

 しかし、誰もいない。

 夏休みだから当然と言えば当然だが……。


「あっつ……。ここ、冷房効いてないね~」


 ミーちゃんはパタパタと胸元を扇ぐ。

 彼女が着ているのは薄手の服なので、布が揺れるたびにその双丘が見え隠れする。

 俺は思わず目を逸らす。

 なんだか見てはいけないものを見ている気分だ。


「あそこに扇風機があるよ? スイッチを入れてみようよ」


「高い位置にあるから、届きそうにないが……」


「大丈夫! ほら、ここに脚立があるし!」


 ミーちゃんは脚立を持ってくる。

 そして、その上に立った。


「んしょ……。あ! 回り始めた!!」


 ミーちゃんが扇風機のスイッチを入れると、ゆっくりと羽が回り始める。

 これで暑さも多少マシになるだろう。


「……ん? く、黒……」


 脚立に乗ったミーちゃんのスカートが、風に吹かれてめくれ上がった。

 それにより、彼女の黒の下着がチラリと見えたのだ。

 俺は思わず目を逸らすが……遅かったようだ。


「おやおやぁ? あさのんってば、今ナニを見たのかなぁ?」


「えっ!? あ、いや……! お、俺は何もっ……!」


 俺は慌てて言い訳をしようとするが、上手く言葉が出てこない。

 そんな俺の様子を楽しむように……ミーちゃんはニヤリと笑みを浮かべた。


「あははっ! 冗談だよ!!」


 そう言って、ミーちゃんは脚立から降りる。

 そして、スカートの裾を掴みながら口を開いた。


「あさのんなら、もっと見せてあげても良かったんだけどね」


「なっ……! いや、な、何言ってるんだよ!?」


 俺は思わず叫ぶ。

 だが、ミーちゃんは余裕の表情を浮かべていた。

 まるで俺の反応を楽しんでいるようだ。


「ふふ……冗談だよ! でもさ……。さっきも言った通り、いつもそれぐらいの声を出した方がいいよ?」


「あ、ああ……」


「ほら、また声が小っちゃくなっちゃった。そんなんじゃ、舐められちゃうぞ!」


「わ、分かったよ……」


 ミーちゃんは俺の肩を軽く叩く。

 俺はおずおずと答えた。


(くそぉ……)


 顔が熱い。

 心臓の鼓動がうるさいくらいだ。

 相手はただのギャルだぞ。

 それも、いつも俺をバカにしていたギャルだ。


 ……いや、ミーちゃんだけは違うか?

 彼女のグループには、散々バカにされてきたが……。

 ミーちゃんだけは、俺をバカにしてこなかった。

 だから、こんなにも意識してしまうのだ。


「ほら、胸を張って!」


「うおっ!?」


 いきなり背中を叩かれて驚く。

 ミーちゃんは悪戯っぽく笑っていた。


「な、何をするんだよ……」


「あさのんはもっと自信を持つべきだと思うんだよね」


「自信って……」


 俺は思わず首を傾げる。

 ミーちゃんは顔を少し背けながら言った。


「あさのんはカッコいいよ。だって……君は私を救ってくれたんだから」


「え……?」


 俺は思わず聞き返す。

 ミーちゃんは俺の顔を見て、ハッとした表情を浮かべた。

 そして、慌てたように両手を振る。


「な、なんでもない! 今のは忘れて!!」


「そう言われても……」


「いいから! ほら、早く食べよう! 私、お弁当を持ってきてるんだ!」


 ミーちゃんは俺の背中を押して、椅子に座らせる。

 その強引さに、俺はそれ以上追及することが出来なかったのだった。

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