第2章
第8話 夏休みの補習授業
教室のカーテンが揺れている。
外からは部活動に励む生徒たちの元気な声が響いていた。
「夏休みだってのに、頑張るなぁ……」
俺は机に突っ伏したまま呟く。
今日から夏休みだ。
春に起きた例の事件から、既に三か月以上が経過している。
俺が退院して学校に復帰しても、特に日常は変わらなかった。
そりゃそうだ。
ぼっちの俺の怪我なんて、誰も気にも留めない。
だが、俺よりも数日遅れて退院した雪宮さんの復帰は、大きなニュースになった。
通称『白雪姫』とまで呼ばれた美少女が帰ってきたのだ。
男子たちが歓迎するのも当然だろう。
それだけじゃない。
彼女の外見が以前と変わったことも、大きな話題となった。
銀のロングヘアーが、黒のミディアムヘアーになっていたのだ。
事情を聞かれても「気分を変えただけ」としか言わないので、男子たちにとって真相は闇の中だが……。
とにかく、彼女の人気っぷりは相変わらずだ。
そして、ミーちゃん。
彼女は俺や雪宮さんよりもさらに一か月ほど遅れて、学校に復帰した。
足首の骨が折れていたらしいが、それ以外に変わりはない。
明るい性格の彼女はすぐにギャルグループに戻り、以前と同じように騒がしくしている。
「夏……か」
俺は窓の外を見る。
部活動に励む生徒たちは、夏の暑さに負けないぐらいの熱量で頑張っていた。
まさに青春の日々。
そんな彼らを見ながら、俺は深いため息を吐く。
夏休みなのに、どうして俺は学校に来ているのか?
それは、補修授業を受けるためだ。
あと五分ほどでチャイムが鳴る。
そうしたら、先生が教室に入ってきて補修授業が始まるだろう。
今のところ、教室にいるのは俺一人だけ。
補修の対象者は俺だけだったらしい。
先生と一対一で補修を受けるのは、地獄だ。
「はぁ……憂鬱だな」
俺は深いため息を吐く。
そんな時だった。
ガラガラッ!
教室のドアが勢いよく開く。
「先生、おはようございま――」
俺は反射的に挨拶をしようとしたが、途中で止めてしまった。
なぜなら、そこに立っていたのは……雪宮さんだったからだ。
「お、おはよう……。雪宮さん」
俺は挨拶しつつも、思わず視線を逸らす。
だが、彼女は構わず俺の前を通り過ぎると、自分の席に座った。
俺よりも入口から遠い位置にある、窓際の席だ。
(どうして彼女がここに? 学年トップの彼女が補習を受ける必要なんて……)
俺は混乱する。
彼女がここにいる理由が分からない。
雪宮さんは自分の鞄から教科書とノートを取り出した。
そして、淡々と補修の準備をする。
俺がますます混乱していると、また新たな人物が現れた。
「おはよっ! あさのん!!」
ギャルのミーちゃんだ。
彼女は勢いよく教室に入ってくると、満面の笑みで挨拶をした。
「……?」
俺は首を傾げる。
あさのんって……誰のことだ?
雪宮さんの下の名前は白(しろ)だから、どうアレンジしても『あさのん』にはならないはずだが……。
「無視しないでよ、あさのん!」
ミーちゃんは雪宮さん――ではなく、俺に向かって言う。
「え? 俺?」
「そうに決まってるじゃん! もう、自分の名前も忘れちゃったの?」
「え、えっと……」
俺の名前は浅倉あさの。
確かに、下の名前は『あさの』だ。
それをあだ名っぽく『あさのん』とアレンジする感覚も分からなくはない。
だが、問題は俺とミーちゃんの関係性だ。
親しげにあだ名で呼ぶような関係ではなかったはず。
「ま、いーや。それよりあさのん、補修授業受けるんでしょ? 隣に座るね!」
「あ、うん……」
ミーちゃんは入口からこちらに向けて歩いて来る。
とても上機嫌に見えるが……その表情は突然曇った。
「あっ……えっと……。雪宮さんもいたんだ……。おはよ」
「……ええ、おはよう」
雪宮さんは俺よりも奥の席に座っていたため、ミーちゃんに気付かれるタイミングが遅くなったようだ。
ミーちゃんは律儀に雪宮さんへ挨拶をし、雪宮さんも挨拶を返す。
ちょっと微妙な空気になったような気がする。
ミーちゃんはそのまま、俺の隣の席に座った。
(……なんだこの空気は? どうして俺の隣に座る? それに、『あさのん』ってなんだ?)
俺はますます混乱してしまう。
ミーちゃんと俺は、特に親しい間柄ではない。
俺を呼ぶときは……普通に名字で『浅倉』と呼んでいた。
そもそも、彼女はギャル仲間と共に沖縄旅行の予定を立てていたはずだ。
席が近いので、ぼっちの俺でもそういった事情は耳に入ってくる。
「こらっ、浅倉! 学年最下位のくせに、ボーッとするな! 補習授業を始めるぞ!」
「あ、はい……すいません……」
いつの間にか先生が教室に入ってきていたようだ。
先生が投げたチョークが俺の額に当たり、現実に引き戻される。
そんな俺の様子を、隣のミーちゃんがニヤニヤと眺めていた。
雪宮さんは髪をバンドで止めながら、横目で俺を見る。
彼女にも呆れられているのかもしれない。
(なんだかなぁ……)
俺は深いため息を吐いた。
こうして、予想外の参加者2人と共に補習授業は始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます