第6話 決着

「クソガキ共め……! 許さんぞ!!」


 ミーちゃんが怒りに任せて爪を振り回す。

 だが、その攻撃は精細さを欠いていた。

 先ほど俺が放った【浄化の氷光】により、彼女の視力が一時的に失われているからだ。


「ふっ……!」


 雪宮さんは静かに息を吐く。

 そして、ミーちゃんに向かって駆け出した。

 雪宮さんは荒ぶる爪を回避し、その背後を取る。

 彼女は懐から呪符を取り出し、ミーちゃんの背中に貼り付けた。


「なにを……!?」


 ミーちゃんが振り返る間もなく、呪符が光り輝く。

 それと同時に、雪宮さんが叫んだ。


「氷の鎖よ、彼の者を拘束せよ! 【氷獄鎖縛(ひょうごくさばく】!!」


「くうぅ……! お、おのれぇ……!!」


 ミーちゃんの体から氷の鎖が生え、その体を拘束する。

 これでしばらくは動けないはず。


「今だ……!」


 雪宮さんが作ってくれたチャンスを逃すわけにはいかない。

 俺は彼女の髪束を握り締める。

 そして、ありったけの力で駆け出した。


「舐めるな! クソガキ共がぁ!!」


 ミーちゃんの叫び声が響く。

 氷の鎖だけでは拘束しきれなかった爪が、俺に迫る。


「っ!!」


 俺は咄嗟に避けた。

 頬に鋭い痛みが走る。

 だが、なんとか致命傷だけ避けることができた。


「浅倉君! くっ、こいつめ。まだこんな力が……」


 雪宮さんの声がする。

 彼女はミーちゃんの体をより強く拘束するため、氷の鎖に呪力を注いでいるようだった。

 それには至近距離で触れなければならないらしい。

 ミーちゃんの攻撃により、雪宮さんは傷だらけになっている。


「おおおおぉっ!!!」


 俺は叫ぶ。

 雪宮さんの痛みに比べれば、こんな傷はかすり傷だ。

 俺はようやく、ミーちゃんの近くに到達した。


「くらえええぇっ!!」


 雪宮さんの髪束を掴んだまま、ミーちゃんに殴りかかる。

 そして、大声で叫んだ。


「【浄化の氷光】!!!」


 俺は先ほど見た光をイメージし、呪力を集中させる。

 すると、髪束が光り輝き始め――周囲を白い炎で包み込んだ。

 ドッゴオオォォンッ!!!


「グギャアアァーッ!?」


 激しい爆発音と共に、ミーちゃんの体が吹き飛ぶ。

 どうやらかなりのダメージを与えられたようだ。


「はぁ……はぁ……」


 俺は荒い息を吐く。

 雪宮さんは……地面に刀を突き刺して、爆発の衝撃を耐えていたようだ。


「やったぞ! 怪異がミーちゃんの体から離れた!!」


 俺たちの目の前には、元の姿のミーちゃんがいる。

 彼女に取り憑いていた怪異だけを吹き飛ばすことができた。


「いえ……喜ぶには早いわ。ほら、よく見なさい」


 雪宮さんは静かに言う。

 俺はミーちゃんを改めて観察した。


「な、なんだ……これは?」


 ミーちゃんの体から、輝く糸のようなものが伸びている。

 それは怪異とミーちゃんを繋ぐ糸。

 どうやら、まだ完全に取り除けたわけではないようだ。


「もう一息ってところか。これぐらいなら……」


 俺は再び髪束を握り締め、呪力を集中させる。

 今回は【浄化の氷光】ではない。

 それを応用して、ナイフのような形状に呪力を変化させる。


「ふっ……」


 俺はナイフを糸に向けて、一閃する。

 その瞬間、ミーちゃんの体から怪異を切り離すことに成功した。

 彼女は力を失ったように倒れ込む。


「はぁ、はぁ……。かなり疲れたが……これで一件落着か?」


 俺は安堵のため息をつく。

 しかし――


「まだよ」


 そんな雪宮さんの冷たい声で現実に戻された。


「えっ……?」


 俺が困惑していると、雪宮さんは険しい表情で横を見た。

 俺もそちらに視線を向けると……


「グギギギ……。よくも、やってくれたな……」


 怪異がゆっくりと立ち上がるところだった。

 先ほどまではミーちゃんの体を借りている状態だった。

 今は……毒々しい蔦のバケモノのような姿である。


「はぁ、はぁ……! そ、そんな……」


 俺は片膝を突いて、荒い息を吐く。

 慣れないことをしたせいか、眩暈がする。


「ククッ! 手間を省いてくれてありがとう。あんな脆弱な体、どのみち捨てようと思っていたところだ」


 怪異は顔を歪ませながら笑う。

 そして、俺に向けて蔦の触手を放った。


「もう限界のようだな! 今度はお前の体を奪ってやる!!」


「っ!!」


 俺は咄嗟に腕でガードする。

 だが、触手は俺の腕に巻き付き、そのまま俺の体を拘束した。


「ククッ……。これで私の勝ちだな!」


 怪異は勝ち誇った笑みを浮かべる。

 だが、奴は一人の少女のことを忘れていた。


「違うわ。私の――いえ、私たちの勝ちよ」


「何っ……!?」


 雪宮さんが怪異の背後を取っていた。

 彼女は刀を大きく振りかぶる。


「チィッ! お前もいたか……。ならば触手で防御を――むっ!? クソ、離せ!!」


「離すわけねぇだろ……!!」


 怪異は俺を掴んでいた触手を防御に回そうとする。

 だが、そうはさせない。

 俺は最後の力を振り絞り、逆に怪異の触手にしがみついた。


「くっ、クソガキがぁ!! 離れろおぉっ!!!」


 怪異は焦ったように暴れ出す。

 一瞬だ。

 一瞬だけでも隙を作り出せれば――


「これで終わりよ! 【氷刀一閃(ひょうとういっせん】!!」


 雪宮さんが鋭い一撃を放つ。

 その斬撃は、怪異の体を真っ二つに切り裂いた。


「ギャアアアアァーッ!?」


 断末魔の叫びが響き渡る。

 その体は徐々に黒い塵となって消えていった。


「ふぅ……。やった……か……」


 俺は地面に倒れ込む。

 そして、意識を失ったのだった。

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