第5話 浅倉の力
俺のクラスメイト同士が戦っている。
片方はクラスのアイドルである雪宮白――通称『白雪姫』。
もう片方は、クラスで何かと俺に絡んできていたギャルのミーちゃんだ。
「ほらほらぁ! どうした、どうしたぁ!?」
「くっ……」
怪異と化したミーちゃんは爪を振り回し、雪宮さんを追い詰める。
どう見ても劣勢だ。
怪異を打ち負かすどころか、どうにか攻撃を捌くことで精一杯だ。
「クク……。もう限界が近いのではないか? 髪が変色しているぞ?」
ミーちゃんが嘲笑する。
彼女の言う通り、雪宮さんの美しい銀髪は変色を続けていた。
最初は先端だけだったが……今は中程まで黒くなっている。
そして、それに連れて彼女の力が弱まっているように見えた。
「ふっ……! はぁっ!!」
雪宮さんはミーちゃんの爪を刀で弾くが、すぐに別の角度から攻撃が来る。
それをギリギリのところで回避する。
まだ致命傷は負っていないが、かすめた攻撃によって体の至る所に切り傷がある。
(このままじゃマズい……!)
俺は思わず拳を握る。
素人の俺でも分かる。
そう遠くない内に、雪宮さんは負けてしまう。
どうにかしてミーちゃんを大人しくさせなければ……。
だが、どうやって?
俺に何ができる?
(考えろ……考えるんだ……!)
俺は必死に頭を回転させる。
しかし、何も浮かばない。
(ん? あれは……?)
地面に何か光るものが落ちている。
俺は思わずそれを拾い上げたが……ただの髪の毛だった。
ミーちゃんの攻撃を避けきれず、切られてしまったものだろう。
雪宮さんの銀髪はとても美しいが、今はそれどころではない。
「クク……! お前が苦しみの声を漏らす度、私は喜びの感情が湧き上がってくるぞ!!」
ミーちゃんの爪が雪宮さんを襲う。
彼女は痛みに耐えながら、なんとかその一撃を回避した。
「はぁ……、はぁ……」
雪宮さんは息を切らしている。
限界が来ているのだ。
「もう終わりだな。そろそろ殺して――む?」
ミーちゃんの動きが止まる。
雪宮さんが何かしたのか?
いや、これは……。
「こっちの体も限界のようだな。随分と脆い体だった。最低限の適性があったから目を付けたのだが……」
ミーちゃんの体は、雪宮さんと同じくらいに傷付いていた。
雪宮さんが反撃していたという事情もあるが、他にも要因がある。
怪異が命じる激しい動きに、ミーちゃんの体が耐えきれなかったのだ。
「クク……。ならば次の体を探すまでだ。さっきの少年はどこに行ったのかな?」
ミーちゃんの視線がこちらを向く。
とてもおぞましい目をしていた。
「っ……」
俺は思わず息を呑む。
まるで蛇に睨まれた蛙のように、体が動かない。
「次はお前の体をいただこう! 今の体より、少しは頑丈そうだ!!」
「っ! 浅倉君、危ない!!」
雪宮さんが庇ってくれようとしているが、間に合わない。
迫りくるミーちゃんの前に、俺はなすすべもなく尻もちをつく。
思わず、先ほど拾ったままだった銀髪に力を込めるが……それでどうなるわけでもない。
「クク……。これで終わりだ!」
ミーちゃんの爪が俺を襲う――その直前だった。
ピカッ!!
強い光が周囲を包む。
あまりの眩しさに、俺は思わず目を瞑った。
「グギャアアァーーーッ!!!」
激しい叫び声が響き渡る。
俺は恐る恐る目を開けた。
ミーちゃんは目を覆いながら後ずさりし、痛みに耐えている。
何が起こったんだ?
「どうして……? 今のは【浄化の氷光】……私の固有術式よ! 浅倉君、何をしたの!?」
「お、俺は何もしていない! 何かできることはないかと思って、雪宮さんの髪の毛を拾っただけだ!!」
「……私の髪を? そう言えば、さっき少し切られてしまったわね。私の髪を触媒にしたなら、術式の再現も可能なのかしら? いえ、それにしてもたった一房ぐらいの髪で……」
雪宮さんは困惑しながらブツブツ呟いている。
よく分からないが、俺の行動が彼女の助けになったようだ。
そして、今の光を見て少し思い出したことがある。
「雪宮さん……。ミーちゃんをどうやって助けるつもりなんだ?」
「はぁ!? この期に及んで、まだそんなことを言っているの? 彼女の魂は既に怪異と混じり合ってしまったのよ。救う方法はないわ」
「いや、何かできる気がするんだ。子どもの頃に……祖母が似たようなことをしていた気がする」
俺は幼い頃の記憶を思い返す。
だが、どうにも思い出せない。
確かに、俺はその場面を見たはずなのだが……。
「あなたの過去には興味ないわ。とにかく、さっきの【浄化の氷光】をもう一度発動しなさい」
「いや、でもさ。俺にも何が何だか……」
「ゴチャゴチャ言っている暇はないわ。ほら、さっきのダメージだけじゃ不十分だったみたい」
雪宮さんはミーちゃんを見据える。
彼女はまだ苦しんでいるが、その目は怒りに満ちている。
「このクソガキ共……。よくも私を……!」
ミーちゃんは俺たちを睨みつける。
その瞳には、まだ光が残っていた。
「早くトドメを刺さないといけないわね……」
雪宮さんが刀を構える。
彼女はその刀で――自分の髪をバッサリと切った。
「なっ……!?」
俺は思わず目を疑う。
さっきの戦いで切られてしまっていたのは、ほんの一房だった。
しかし今回は、美しいロングヘアの大部分が切られてしまった。
「な、何をしてるんだ!?」
「一房であれほどの再現度だったのよ? これだけの量があれば、もっと出力が増すはず!」
雪宮さんは自信に満ちた表情で言う。
彼女は髪束を俺に押し付けてきた。
「この髪を触媒に、もう一度【浄化の氷光】を使ってちょうだい」
「なんで俺が……。…………いや、分かった」
俺は雪宮さんの提案を受け入れた。
いまだに状況は整理できていないが……ミーちゃんを救うにはそれしかない。
そんな直感があった。
「いいか? 作戦がある」
さっきの光を見てから、おぼろげな昔の記憶を思い出した。
それは俺に、ほんの少しの自信を与えてくれた。
俺は雪宮さんの耳元に顔を寄せて、作戦を伝える。
「よく聞いてくれ」
「ちょ……。近い……」
雪宮さんが顔を赤らめる。
だが、それどころではないと気付いたのか、真剣な表情に戻った。
そして、俺たちは短い作戦会議を終える。
「雪宮さん、ヘアゴムはあるか?」
「ヘアゴム? なぜ必要なの?」
「前髪が邪魔だからだ」
「……浅倉君、前髪を切った方がいいわよ」
雪宮さんは嘲笑しつつも、ポケットからヘアゴムを取り出した。
俺はそれを受け取り、自分の長い前髪を束ねる。
視界が広くなり、やる気が増してきた。
「前髪が邪魔なら、私が切ってあげましょうか?」
雪宮さんは氷のように冷たい表情で刀を振り上げる。
まさか、あの刀で俺の前髪を切るつもりか!?
「お、俺はこの髪型が好きなんだ! 切らなくていい!!」
俺は慌てて拒否し、前髪を守るように手を交差させる。
雪宮さんは「そう」とだけ言って、それ以上は何も追及しなかった。
「よ、よし! 気を取り直して、行くぞ!!」
「ヘマをしたら殺すから」
「ああ。大丈夫だ! 任せてくれ!!」
俺は雪宮さんに笑いかける。
彼女は少し驚いた様子だったが、すぐに真剣な表情に戻った。
こうして、俺たちは怪異との第2ラウンドに臨むのだった。
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