第2話 不思議な夢

 翌日の昼休み――。


「今日は平和だな……」


 俺はいつも通り、一人で昼食を食べていた。

 教室の喧騒を眺めつつ、隅っこで淡々と食事を済ませる。

 食後はスマホでゲーム。

 これが俺の日常だ。


「はぁ~。おはよー」


 不意に教室の扉が開く。

 そして、ミーちゃんとかいうギャルが入ってきた。

 彼女は仲間のギャルグループに合流する。


「おはよー……って、もう昼休みだけど。何かあったの?」


「んー。ちょっとねー」


 ミーちゃんは少し気だるい表情で答える。

 彼女は午前の授業を欠席していた。


(体調不良か? まぁ、どうでもいいことだが)


 俺はミーちゃんの様子を横目で見る。

 その姿に、どこか違和感があった。


(……あれ? 影が……ない?)


 ミーちゃんの影が見えなかった。

 そんなことがあるだろうか?

 俺はもう一度、ミーちゃんをじっくりと見ようとする。

 だが、既にギャルたちが彼女を取り囲んでいるため、よく見えない。


「ミーちゃん! 見てこれ!」


「すっごい可愛いアクセサリー買ったんだよ~!」


 ミーちゃんに纏わりつくギャルたち。

 これではもう、確認どころではないな。

 俺が割って入っても、またからかわれるだけだ。


(昨晩は遅くまでゲームをしていたからな……。寝不足で、影を見落としてしまっただけだろう。保健室で寝てくるか……)


 俺は無理やり自分を納得させ席を立つ。

 そして、教室を後にした。


「ふぁぁ……」


 保健室のベッドに横になった俺は、大きく伸びをした。


(……静かだな)


 周りを見渡すと誰もいない。

 この時間帯は空きが多いのだろう。

 俺はそのまま目を閉じた。


(これならたっぷりと眠れそうだ……)


 静かな空間で横になると、自然と眠気が襲ってくるものだ。

 そんなことを考えているうちに、俺の意識は薄れていった――。



******



(ん……?)


 ぼんやりとした意識の中、俺はゆっくり目を開ける。

 自分の状況が把握できない。


(ここはどこだ?)


 真っ暗で何も見えない。

 手足は自由に動くようだが、上手く身動きが取れなかった。


(なんだ……?)


 俺は不安になって身じろぎをする。

 そんな時だった――。


(えっ!? あのギャルは……ミーちゃんか? 何で!?)


 俺は目の前に、ミーちゃんがいることに気がついた。

 いや、正確に言えば違う。

 ミーちゃんが映った動画が流れていた。

 これは昔の映像か?

 それとも、今現在の……?


(公園に入っていった……。あれは学校の近くだな。通学の近道として有名な……)


 俺は状況を整理しようと、冷静に分析する。

 だが、分からないことだらけだ。

 どうしてこんな映像が流れているのだろう?


(どういうことだ……?)


 俺は混乱しつつも、画面から目をそらせない。

 ミーちゃんはしばらく、公園内を普通に歩いていったが――。


(あっ!? 黒い落とし穴!?)


 映像の中で、ミーちゃんが落とし穴に吸い込まれてしまう。

 そのままミーちゃんは穴の中に落ちていった。


(何だあれは? とにかく、助けに行かないと……!)


 俺は咄嗟に駆けだそうとするが、体が動かない。

 俺は歯を食いしばって必死に動こうとする。

 その時だった。


 ――パシィイイン!!

 大きな音と共に、俺の頬に痛みが走る。


「ぎっ!?」


 俺は思わず変な声を出した。

 そして、気付く。

 今のは夢か何かだったことに。

 俺は、保健室のベッドで寝ていたのだ。


「しかし、今の痛みは……?」


 俺は自分の頬に手をやる。

 視線を上げると、見知った顔があった。


「え?」


「放課後まで居眠りなんて、気楽なものね。浅倉あさの君」


「え」


「あなた、うなされていたわよ。何を見ていたのかしら?」


 1人の女子生徒が、ベッド脇で俺を見下ろしていた。

 どうやらさっきの衝撃は、彼女が叩いたものだったらしい。


「え……」


「『え』しか言えないの?」


 彼女は少し呆れた様子で、腰に手を当てる。

 ロングの銀髪を揺らしながら、大きくため息をついた。


「え……いや、ごめん! 白雪ひ――じゃなくて、雪宮さん!」


 俺はうっかり、彼女のことをあだ名で呼びそうになる。

 彼女はそれに気付いたのか眉をピクリと動かしたが、深くは追及してこなかった。


「……まぁいいわ。妙な気配を感じたけど、気のせいだったみたいね」


「何のことだ?」


「気にしないでちょうだい。ただの独り言よ」


 彼女はそれだけ言うと、俺のベッドから離れる。

 そして、保健室を出て行ってしまった。


(一体、何だったんだ? まるで嵐のように去っていったな……)


 俺は彼女の後ろ姿を眺めながら、首を傾げる。

 何かがおかしい。

 まず、ミーちゃんが影に飲み込まれるという奇妙な夢を見て、その後には雪宮さんが俺のベッド脇に現れたのだから。


「雪宮さん、ちょっと待っ……」


 俺はベッドから起き上がり、ドアの外を覗いた。

 そこには長い廊下がある。

 だが、既に彼女の姿はなかった。


(走ったのか……!? は、早すぎるだろ!)


 俺は驚く。

 平穏を愛する俺だが、今は無性に夢のことが気になった。

 雪宮さんが何か知っているようにも思えたが、いないのであれば仕方ない。


「あの公園に……行ってみよう」


 俺は保健室を出る。

 そして、夢でミーちゃんが影に飲み込まれた公園に向かったのだった。

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