第9話 「女子の水着が楽しみだな!」

───親睦合宿のしおり───


<1日目>

8:00 - 15分前集合、出発

10:00 - キャンプ地到着、チェックイン

10:30 - キャンプ場のルールや安全指導を受けます。

11:00 - チーム対抗ゲーム(ドッジボール)

12:00 - 昼食(学校支給の弁当)

13:00 - ハイキング(近くの自然)【匂い調査】

14:00 -自由行動時間(カヤック、ボート)

17:00 - 自由時間【匂い調査】

18:00 - 夕食準備、バーベキュー

19:00 - 夕食、キャンプファイヤー

21:00 - 天体観測【匂い調査】

22:00 - 入浴、就寝準備

23:00 - 就寝【匂い調査?】


<2日目>

7:00 - 起床、朝の体操

7:30 - 朝食

8:30 - 一時間勉強

9:00 - 川遊び【匂い調査】

12:00 - 昼食

13:00 - パッキング、出発準備

14:00 - キャンプ地のごみ清掃

15:00 - キャンプ地から出発

17:00 - 学校到着、解散


◆◇◆◇◆◇◆◇


 俺たちの学校、子橋北高校は7月20日から8月28日までの約四十日間が夏休みとなる。校門を過ぎて緑に囲まれた校舎が夏の日差しに照らされているが、いつものような活気あふれる生徒たちの姿が見られないのに少し寂しさを感じた。


 本日7月20日、例年通りだと一年生の特進科のみ二泊三日の勉強合宿が開催されるのだが、今年の合宿は当初の予定から一泊二日に短縮され、場所も学校からキャンプ場へと変更された。一時間しか勉強の時間を取っていないのと私服登校の為、勉強合宿というより、実際には親睦合宿の色合いが強い。


 みどりと学校に登校していると、校門付近で凛音らしき人影が見えた。


「凛音?」


 キャンプ場へ8時出発で現在7時半。俺たちより早く来ている事に驚き、名前が口から漏れる。横にいる164cmのみどりよりも明らかに小柄な155cmの少女。黒髪でドリル状のツインテールに、見覚えのある大きな胸。間違いなくクラスメイトの鈴々凛音だ。チョーカーに黒と白のギンガムチェックニットトップスに黒のパンツというシンプルでクールな装いが、彼女の知性的な雰囲気を際立たせていた。


 隣にいるみどりもすぐにそのことに気づいた。彼女の目が一瞬輝き、口元に笑みが浮かぶ。次の瞬間、彼女の名前を読んだ。


「おーい、凛音ちゃーん!」


 みどりは風のようにすぐさま凛音に駆け寄った。その速さと積極性には、いつもながら感心させられる。彼女の後に続き足を前に出す。


 声をかけられた凛音がこちらに顔を向ける。その動きがまるでスローモーションのように感じられた。凛音の視線がまずみどりに注ぐ。


「あら?みどりさんと……」


 いつも遅刻ギリギリのみどりを見て、彼女の目は驚きを含んでいた。しかし、次に彼女の視線が俺に移った瞬間、その表情が少し硬くなる。俺の顔をじっと見つめながら、彼女の眉がわずかに上がるのが見えた。


 俺は至ってごく普通の挨拶をする。


「うす」

「誰?」


 なんでだよ。


 まるで本当に知らないかのように呆けた顔をしていた。それを見たみどりがすかさずフォローに入る。


「凛音ちゃんの隣の席の雪やんだよ!」


 その言葉に反応して、凛音の顔には驚きと戸惑いが交錯した。大きな目が更に大きく見開かれて、まるで信じられないものを見たかのようだ。……すごい演技力だな。思わず、まじで忘れられているのかと勘違いしてしまいそうだ。


 みどりは凛音の様子を見てこちらに驚いた顔を見せる。


「え、すごいね雪やん!認知されてないんだ!隣の席なのに!」

「……いや、俺もこいつ知らん」

「ださいよ!雪やんださいよ。さっき凛音ちゃん見た時『凛音?』って呼び捨てでさも親しい間柄のように呟いてたじゃん!」


 おい、まじでやめろ、滅茶苦茶恥ずかしいだろが。そもそもみどりは、俺が凛音と話しているところを教室で何度も見ているだろ。まるで事前に示し合わせていたかのように、二人は息ぴったりにからかい始めたので俺は辟易した。


 俺が返す言葉を見つけられずにいる間、みどりは凛音に向かってにっこりと微笑み、さっと手を伸ばしてその腕を引き寄せ、


「一緒に座ろー。凛音ちゃんと仲良くなりたかったんだよねえ~」


 と凛音の腕をホールドする。


うるさくしなかったららいいわよ」


 彼女の声色は冷たいが、みどりの腕をホールドされても嫌そうな素振りは見せない。


「うん!」


 みどりは嬉しそうに答え、凛音の腕をさらにぎゅっと握りしめた。……絶対うるさいぞ、そいつ。


 朝のまだ涼しい気温にほどよい風が吹く中、俺たちは校門を過ぎ近くにある駐車場に着き、専用のシャトルバスへと誘導された。

 バスのエンジン音が静かに響く中、バスに乗り込む。バスの車内はまだ全然埋まっておらず、40人のクラスメイトが全員揃うには時間がかかりそうだ。


 特に深く考えもせず、前から七列目、右に窓がある窓側の席に座る。座席の硬さとカバーの微かな冷たさを感じながら腰を落ち着けると、窓の外の景色が目に飛び込んできた。バスのエアコンが心地よく効いていて、外の蒸し暑さを忘れさせる。


 隣の席には誰が座るのだろうかと考えるが、


「(まあ、そんなの考えても意味無いか。どうせ最後に到着した奴だ)」


 と決めつけ俺は携帯電話を取り出した。画面に指を滑らせながら、SNSを見たり、簡単なゲームに没頭したりして時間を潰す。


 数分後、前の座席のヘッド部分に腕を置いて俺に声をかけてきた奴がいた。


「おはよー、雪弥」

「西田か、おはよ」

「夏暑すぎワロタだわ」


 西田は右手で制服のシャツを掴み、パタパタと体に空気を送りながら隣に座る。シャツの生地が風を受けてふわりと浮かぶ。その動作からは、この夏の猛暑に対する彼の不満がありありと感じ取れるもその顔はきもいぐらい笑顔である。その心、笑ってるね!


「そんな暑かったか?……というかいいのかよ」


 俺は少し心配そうに問いかけると西田が首を傾げる。


「なにが?」

「いや、お前他の奴と乗るかと思ってた」

「あーそゆこと。俺は雪弥と乗るからいいって伝えている。お前どうせぼっちだろうし、静かだから仮眠とりやすいしな。俺の優しさに感謝しろよ」

「うっせ。まあ、ありがと」


 軽口をたたく西田にはバラの香りが強く漂い、その中に微かに雨の匂いが混じっていた。俺が西田の友好的な好意の香りを感じていると、西田は自分の顔を指さし誇らしげに笑い出す。


「合宿楽しみすぎて眠れなかったたわ~。ほら寝不足の顔してるだろ?」


 彼の目は生き生きとしていて、唇の端が微かに上がっている。


「どっからどう見ても睡眠時間八時間以上は取っている奴の顔してるんだが」

「だははは、そうか!いやー、女子の水着が楽しみだな!」


 いつになくテンションが高い理由はそれか……。


 「水着ねえ……」と呟き、ぼんやりとした目でくうを見つめる。頭の中には自然と二人の人物が浮かんできた。鼻の下が知らず知らずのうちに伸びてしまったようだ。西田はそれを見逃さず、仲間を見つけたかのように俺の肩に手を置いた。


「お?お前もやっぱり楽しみか!幼馴染みのお前に言うのはちょっと気が引けるが、いやーみどりさんマジでやばいだろうな、あれ。……あと凛音さん!」


 興奮した様子で話す西田の目線を追うと、通路を挟んだ左側の席に視線が止まる。そこには凛音とみどりがいた。通路側の席に凛音、窓側の左の席にみどりだ。みどりは凛音に厚い抱擁を試みており、凛音はややうんざりした表情でみどりの顔を手で押しのけている。やっぱりうるさかったか。見るからにみどりがしつこく絡んでいる。


「あれはマジでやばいって。うんまじでやあばい」

「やあばいってなんだよ。最後らへん声溶けてんぞ」


 と突っ込みつつも俺も二人の胸元に視線を向けて、そして頷く。さすがの俺でも同意せざるを得なかった。


「でも……、確かに気持ちはわかる。あれはやあばいな」


 同志を見つけた西田は嬉しそうに手を叩いて爆笑した。


「だろ!やあばいってあれ」


 その笑い声が一通り収まった頃、クラス全員が揃ったらしく、先生が再度点呼をバス内で行った。窓の外には初夏の陽射しが煌めき、木々の葉が風に揺れている。バスの中はエアコンの冷気で心地よく、合宿を楽しみしているクラスメイトたちの笑い声が響く。


「欠席者はいないね」と担任の女性特有の甲高い声で確認がとれた。先生の声が運転手に届くと、しばらくしてバスのエンジンが低い唸りを上げ始める。その音が重低音となってバス全体に響き渡り、ゆっくりと動き出したバスは、徐々にスピードを上げて校門を抜けた。



◆◆◆


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