第8話 「(……なんでいる?)」


「にゃろはー」


 登録者百三十万人を抱える人気Vtuber美登ミドミドリの元気な挨拶が部屋の静寂を破る。慣れ親しんだ声が聞こえ、俺はその声に反応して眠たいまぶたをなんとか持ち上げた。


 目を開けると、そこには幼馴染みの姫野みどりが白ティーにデニムのショートパンツのカジュアルな格好をして立っていた。柔らかな朝の光がカーテンの隙間から差し込み、彼女の髪をキラキラと照らしている。


 「(……なんでいる?)」


 そう思うも口には出さない。今日は俺たち特進科の親睦合宿なのは分かっているが……、だからといってここにいる理由は分からない。彼女が俺の家に上がり込むのは高校に入って初めてだ。


 まあ言ったところで「いいから、いいから!」で流されて終わりだ。眠気と面倒くささが入り混じった声で、俺は布団を顔まで引き上げながらみどりのノリに合わせる。


「うわあ、美登みどりダー」


 カタコトで呟くとノリに乗ったみどりはVtuberとしてのキャラクターを崩さずに続けた。


「にゃろはー美登ミドリです!今日は、ななな、なんとAPEXをしていこうと思います!」

「二年前かよ、今更誰が見るんだよ」


 俺はため息をつきながら、そのテンションの高さに冷めた声で返した。それにしても最近、めっきり減ったよなあ。APEXが一世を風靡ふうびしていたのはもう過去の話だ。かつてはゲーム実況と言えばAPEXというほどだったが、最近はそのブームも下火したびになった。

 最近のYouTubeは流行り廃りが激しく、次から次へと新しいトレンドが生まれては消えていく。今のグループ系YouTuberたちは、皆こぞってウーバーイーツの動画ばかり投稿しているらしい。俺自身はあまりその手の動画を見ないから、実際のところはよく分からないが……、つまらなそうだなと思いました(小並感)。


「お、今日の雪やん目覚め良いね!」


 ツッコミを入れる俺を元気がいいと判断した彼女はそれに呼応して更に声を溌溂はつらつにする。

 教室をゾンビのような顔で入室し、無表情で過ごしている俺の姿をみどりも見慣れているのだろう。そんな俺が今日はなぜか元気に見えるというのだから、彼女の目にはよほど新鮮に映ったに違いない。


「ほら、キャンプ場行くよ!」

「うん……、おやすみ」


 そう言って俺は布団の中に深く潜り込む。布団のぬくもりが心地よく、まだ眠りに引き戻されたい気持ちが強い。彼女は布団の端を弱くクイクイと引っ張りながら、半ば困ったように声をかけてくる。


「ちょっ、寝ないでよ~。もう7時だよ!」


 あと20分は寝れるじゃねえか……。彼女の声は甘く、どこか必死さが込められていた。布団の中で目を閉じたまま、その声を聞いていると、みどりの表情が頭に浮かんでくる。眉を少ししかめて、ぷくっと頬を膨らませているに違いない。それでも、俺はまだ眠りの誘惑に抗えず、布団の中でもぞもぞと動きながら惰性で会話だけは続ける。


「お前昨日も真夜中まで配信活動があったのに、よくそんな元気だな」

「ふふん、才能ってやつ~。でもみんなが部活している時間を配信に充ててるだけだから普通じゃん。雪やんがおじいちゃんなだけだよ!」

「誰がジジイじゃ」


 そう返すもおしゃべりは終わりだとミドリの布団を引っ張る力が急に強くなる。


「い!い!か!ら!いくよ!」

「あーん♡そこ触らないでえ♡」


 俺は体をくねくね動かし、甘く官能的な声色で困惑させ、彼女が布団を引っ張るのを止めるさせようとする。


「何も触ってないし!」


 みどりは鼻息を荒くしながら、さらに強い力で俺の鉄壁の城オフトゥンから引きずり出そうとする。お前はちびまる子ちゃんのかあちゃんか!ってぐらいひっぱっている。作戦失敗だ。


 さすがにしつこすぎて目が覚めてきた俺は、布団をがばっとどけて死んだ魚のような目をみどりに向けてため息をつく。


「はあ……準備するから、ちょっと待ってて」

「うん!」


 高校生にもなって朝から幼馴染みと登校って普通に恥ずかしいんだけど……。



◆◆◆


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