第122話 疲れたなんて言えない

「ここがエルフの里よ」


 俺達はフィーナの案内の元、里に張ってある結界を通る。

 するとムーンガーデン王国の人達は驚きの声を上げた。


「先程まで何もなかったはず!」

「突然大きな木が現れてびっくりしたわ」


 俺が初めてエルフの里に来た時は夜だったため、神樹の存在に気づかなかった。まあいきなり大きな木が現れれば誰だって驚くよな。


「あの木は神樹と言って、エルフが最も大切にしているものよ。そして神樹から生まれたと言われる剣が、ユートの持っている神剣、ディバインブレードなの! 五千年もの間、誰も抜けなかったんだから」


 フィーナが胸を張り、上機嫌で話す。


「ですから何故フィーナ様が得意気に語るのですか?」

「いちいちうるさいわね。別にいいでしょ!」


 そして何故かヨーゼフさんが事実を指摘したら怒られていた。り、理不尽だ。


「それより神樹の向こう側にある城まで行きますが、疲れていませんか?」

「私は大丈夫だ」

「私も大丈夫よ」


 国王陛下も王妃様もエルフの里に来るまでそこそこ歩いているのに、疲れた様子を見せない。

 二人とも日頃から鍛練でもしていたのかな?


「それではこのまま進みますね。早ければ夕方前には城に着くと思うわ」


 再び俺達フィーナを先頭に歩き出す。だけどここまでの旅で、一人気になる子がいたので話しかけた。


「ルルは大丈夫か?」

「だ、大丈夫です⋯⋯このくらい何ともないですよ。今の私ならあの神樹にだって⋯⋯よ、余裕で昇れます」


 軽口をたたいているが額には大量の汗をかいているし、今日のルルは口数が少なかった。

 今気づいたが、たぶん疲労が溜まっているんだ。

 やれやれ。やせ我慢をするなんてルルらしくないな。

 おそらく国王陛下と王妃様が大丈夫と言った手前、疲れたなんて言えないのだろう。


 俺はルルの前でしゃがむ。


「ほら、疲れているんだろ?」

「ユートさん⋯⋯」

「俺の背中で良ければ乗ってくれ」


 俺はまだまだ疲れてはいない。ルルの一人くらい背中に乗せるのは簡単だ。こうすればルルも休めるし、歩みを止めることもない。


「ま、まさかユートさん⋯⋯おんぶをして私のお尻を堪能するつもりですか!」


 俺は善意で行動したつもりだったが、まさかのルルの言葉に驚いてしまう。


「人聞きの悪いことを言うな! 嫌なら別に俺はいいんだぞ」

「嘘です嘘ですごめんなさい。疲れたからユートさんの背中に乗りたいです」

「最初から素直にそう言えばいいんだ。ほら」


 俺は再度背中に乗るように促す。

 しかしルルはもじもじしていて、背中に乗る気配がない。


「どうした?」

「あの⋯⋯私、汗をいっぱいかいているから⋯⋯」


 なるほど。確かに女の子としては、汗をかいたまま男の背中に乗るのは抵抗があるという訳か。ルルも可愛らしいところがあるじゃないか。


「俺もけっこう汗をかいててさ。むしろ俺の汗が嫌ならやめておくか?」

「いえ、せっかくユートさんが申し出てくれたから、今回はおぶらせてあげます」

「何で上から目線なんだ?」

「だってこんな美少女をおんぶするなんて、一生に一度あるかどうか」

「はいはい。そうですね」

「汗フェチのユートさんに背負わせてあげるのだから、感謝して下さい」


 なんだかんだ文句を言いながら、ルルは俺の背中に乗ったので立ち上がる。

  うっ! 俺は気づいてしまった。

 ルルに指摘されたので、お尻は絶対に触れないように持ち上げたが、お尻よりもっと凶悪な物に俺は気づいてしまった。

 せ、背中に柔らかいものが⋯⋯

 わ、忘れていた。ルルには大きな胸があることを。


「どうしました? ユートさん顔が赤いですけど」

「べ、別になんでもない。それよりちょっとくっつき過ぎじゃないか? ほら、さっきも言ったように汗をかいているから、もう少し離れてくれた方が⋯⋯」


 首に手を回し、明らかに密着させているよな。

 俺が理性を保つためにも、離れてほしい。


「バランスを崩して落ちたら嫌なので、このままでいます」


 こ、こいつは⋯⋯絶対に胸が背中に当たっていることに気づいているし、そのことで俺が恥ずかしがっているのもわかっているな。

 こうなったら背中から降ろしてやろうか。そんな考えが頭に過ったが、俺達の横にいたメイドさんの言葉で考え直した。


「あら? ルル様、顔がすごく赤いですよ。ユート様に背負ってもらって照れちゃいましたか?」

「そそそ、そんなことないですよ! これは夕陽のせいです!」


 夕陽って⋯⋯今はまだ昼間ですけど。

 どうやら恥ずかしいのは俺だけじゃないようだ。そう考えるとルルの弄り攻撃も微笑ましく思えて来た。


「あっ! ユートさん。何を笑っているんですか!」

「いや、別に」

「その俺はわかっている的な顔がなんか嫌です」

「ほら、歩くからしっかり捕まってろよ」

「ちょっと聞いてますか」


 背中でルルが何やら喚いているけど、俺は無視して進むのであった。


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