第110話 英雄は普通とは違う

 毒入りパン事件の翌日。

 俺はリズやフィーナと共に、国王陛下の部屋に呼ばれていた。

 国王陛下であるエルウッドさんと王妃であるトリーシャさんは、昨日より体調が良いみたいで、ベッドではなく椅子に座っている。

 ちなみにマシロとノアは部屋の端の方で、今回の褒賞として望んだ新鮮な魚と高級骨付き肉をムシャムシャと食べていた。

 そしてエルウッドさんが口を開くと、予想していたことを言葉にした。


「ハウアーとジグベルトの処遇なのだが、昨日長老会で死罪と決定した」

「そうですか⋯⋯あれだけのことをしたので当然の結果ですね」


 ジグベルトは自分の勝手な言い分で、森を燃やした。幸い死者はいなかったけど運が悪ければ、どれくらいの人が亡くなっていたかわからない。

 ハウアーは言わずもがな、国王であるエルウッドさんを殺害しようとしたのだ。当然の裁定だろう。

 だが俺の考えとは別に、フィーナは神妙な顔で口を開く。


「重い裁定ね」

「そうかな? 俺としては妥当な裁きだと思っているけど」


 むしろ色々迷惑をかけられたフィーナは、死罪を望んでもおかしくはないと思っていた。

 俺が不思議そうにしていると、フィーナがその理由を教えてくれた。


「エルフは数が少ないのよ。だから滅多に死罪の判決を出したりしないわ」

「それだけのことをしたと判断されたんじゃない? 俺としてはこのまま生かしておいたら後々災いの種となりそうだから、安心したけど」


 もしかしたらハウアーが長老会をなくして、王政にすると口にしていたことが関係していたかもしれない。長老達にとっては、そのような危険な人物を排除出来る機会があったら、逃すことなどしないだろう。


「エルフの減少はこの国にとって、大切な課題でもあるわ。だからフィーナには早く結婚して多くの子供を産んでほしいわね」

「マ、ママ! 何を言ってるの! 私に子供なんて早いわよ!」


 フィーナが顔を真っ赤にして狼狽えている。

 母親に子作りのことを言われたら、普通に恥ずかしいよな。


「だがフィーナをろくでもない男の元に嫁がせる訳にはいかない。ジグベルトとは縁が切れて本当に良かった」


 エルウッドさんもジグベルトのことは気に入ってなかったようだ。例えフィーナと結婚しなかったとしても、傍若無人な甥と親戚付き合いでこれから一生かかわっていかなればならなくなる。ここで縁が切れて本当に嬉しそうだ。


「でもあなた。私、フィーナの旦那様に相応しい人を見つけたの」

「えっ? ママいつの間に」


 フィーナは驚きの表情を浮かべている。フォラン病にかかっていたのに、自分の婿候補をいつ探していたんだって顔をしているな。


「有象無象の奴には絶対にフィーナはやらん! もしそのような奴がいたら私の手で⋯⋯」


 エルウッドさんの目が怖い。もしフィーナが恋人でも連れてきようものなら、本当に始末しそうだ。


「大丈夫よ。その人はガーディアンフォレストの歴史に残るような偉業を達成した英雄だから」

「なるほど。英雄ならフィーナの婿にはピッタリだな」


 そんな人物がいるのか? それならエルウッドさんも安心だな。


「英雄がいるなら俺も会ってみたいです。紹介してくれませんか?」


 俺は純粋にそう思って口にしたのだが、この部屋にいるリズ以外から冷たい視線を向けられる。


「え~と⋯⋯ユートさん本気で言ってます?」

「えっ? えっ? 本気ってどういうことですか?」

「これはフィーナの恋も大変そうね」

「マ、ママ! 何を言ってるの!」


 フィーナはトリーシャさんの指摘で顔が真っ赤になっていた。


「英雄と呼ばれる者はどこか普通ではないと言う。ガーディアンフォレストの英雄もその例には漏れないという訳か」


 皆が何かに納得しているのかさっぱりわからない。俺と同じ、理解していないと思われるリズに視線を向ける。

 するとリズは何か閃いたような表情を見せ、手をたたく。


「あっ! わかりました。もしかして英雄とはユ⋯⋯」

「ダメェェェッ!」


 リズは何かを言おうとしていたが、後ろからフィーナに両手で口を塞がれて、喋ることが出来ないでいた。


「えっ? 何? リズはわかったの?」

「ふぁい」


 わかったなら教えてほしい。俺を仲間外れにしないでくれ。


「リズ! 友達からのお願いよ。そのことは誰にも言わないで」

「友達ですか! それでしたら口にする訳にはいきませんね。ユート様、申し訳ありません」


 リズはフィーナの友達発言が嬉しかったのか、両手で自分の口を塞ぎ、言わざる状態になってしまった。


「それならフィーナが教えてくれ。俺達友達だろ?」

「と、友達ならなおさら言えないわ」

「どういうこと?」

「そ、それよりムーンガーデン王国にも漆黒の牙シュヴァルツファング討伐の報告に行くのよね? 早く行かないと到着が遅れるわよ」


 フィーナは慌てた様子で、リズの手を引っ張り部屋を出て行ってしまう。


「あらあら⋯⋯あんなに恥ずかしそうにしているフィーナは初めて見るわ」

「そうなんですか?」

「ええ⋯⋯ユートさん、フィーナのことをよろしくお願いしますね」


 フィーナはエルウッドさんの親書をリズのお父さんに渡すため、俺達とムーンガーデン王国に行くことになっている。俺やリズがいるとはいえ、娘を人間の国に行かせるのは心配なのだろう。


「わかりました。フィーナのことは任せてください」

「ふふ⋯⋯言質は取ったわよ」

「言質ってなんでしょうか?」

「ほら、早く行かないとフィーナ達に置いてかれてしまいますよ」

「そうですね。それでは行ってきます。マシロ、ノア行くよ」


 俺はエルウッドさんとトリーシャさんに一礼して部屋を出る。だがこの時の俺は、トリーシャさんの言質の内容がとんでもない意味を持っていたことを知るよしもなかった。

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