第111話 スローライフは簡単には送れない
エルウッドさんの部屋を退室した後、俺はムーンガーデン王国に戻る準備をして、待ち合わせである城門へと向かう。
すると既にリズとフィーナと見たことのない中年男性が俺のことを待っていた。
「時間通りね。さあ行きましょ」
「いや、ちょっと待ってくれ。こちらの方は?」
「え~と⋯⋯ヨーゼフよ。私のお目付け役。お父さんの差し金でついて来ることになったの」
なるほど。フィーナとしては、ヨーゼフさんについてきてほしくないと言った所か。少し不機嫌に見えるのは気のせいじゃないだろう。
「ヨーゼフです。お見知りおきを」
「ユートです。よろしくお願いします」
何だかヨーゼフさんから圧を感じるのは気のせいか?
仏頂面だし、怒っているのか顔が赤い。俺のことが⋯⋯いや、人族のことが嫌いなのかもしれない。
もし俺の考えている通りなら、これからの旅は少し気が重いな。
「ユート、気にしないでいいわよ。ヨーゼフは寡黙なだけで、人族が嫌いという訳じゃないから」
表情に出ていたのか、フィーナが心配して声をかけてくれた。
「むしろ
「そうなの?」
俺はヨーゼフさんの方をチラリと見る。視線が合うとヨーゼフさんは明後日の方を向いてしまった。
えっ? 何? ヨーゼフさんの顔が赤い理由は、実は恥ずかしかっただけってこと?
フィーナはそう言っているが、にわかには信じられない話だ。
「ヨーゼフは恥ずかしがり屋だから、いないものとして扱った方が本人のためだから」
「本当に?」
でもフィーナの言葉でヨーゼフさんは首を縦に振っていた。
どうやらフィーナの言うことが正しいという訳か。
それならあまり気にしないでいいのかな?
「それじゃあ行くわよ。マシロ、ノアおいで」
「あっ! フィーナさんずるいです。独り占めはダメですよ」
「わかったわ」
フィーナはマシロを肩に乗せ、リズはノアを抱っこする。
相変わらず、マシロとノアはお姫様達に大人気だな。
でも護衛の意味も兼ねて、どちらかが常に二人の側にいてくれると助かる。
そしてフィーナとリズがムーンガーデン王国へと足を向け、俺とヨーゼフさんは後ろからついて行く。
「何もトラブルがなければ、明後日には城に到着出来ると思います」
チラッ。
「僕は何か起きる予感がします」
チラッ。
「あなた達の話を聞く限り、何が起きてもおかしくないと思うわ」
チラッ。
「とにかくこれ以上面倒なことは起こさないで下さい。ユート、わかりましたね」
「俺は何もしてないぞ。トラブルの元みたいな言い方しないでくれ」
リズとノアとフィーナはチラリと俺の方に視線を送るだけだったが、マシロは名指しで宣言してきやがった。
俺だって好き好んでトラブルを招いている訳じゃない。この異世界での目標は、のんびりとスローライフを送ることだからな。
でも天界から地上に降りてきてから、本当にトラブル続きだよな。マシロとノアを拾って、リズはベッドで寝ているし、ムーンガーデン王国の跡目争いにも関わってしまった。そしてフィーナと出会ってエルフの国、ガーディアンフォレストに来て神剣を抜き、
でも地上での生活は、最初は穏やかだった。
だけどあの事件からトラブルに巻き込まれるようになった気がする。
そう、あの事件とは盗賊から公爵令嬢を助けたことだ。
あれがターニングポイントだったのか、その後ギアベルのパーティーに推薦され、人生が狂ったように感じる。
だけど今の俺は帝国の人間ではないし、ムーンガーデン王国とガーディアンフォレスト王国の争いの種になりそうなことは全て解決済みだ。
これからは俺が望んだスローライフが送れるはず。
そして俺の願いが通じたのか、一日目は何のトラブルもなく、旅をすることが出来た。
しかし二日目に事件は起こる。
「ユート、平原に誰か倒れています」
周囲の探知をしていたのか、マシロが突然驚愕の言葉を口にする。
ここはもうムーンガーデン王国内だ。ムーンガーデン王国の人間は、
それなのに平原に足を踏み入れるなんて自殺行為だ。
「どんな人かわかる?」
「いえ、そこまではわかりません。ただ西に一キロ程行った所に人が倒れていると、風が教えてくれました」
一キロ先の人がわかるなんてさすがだな。
「ユート様」
「わかっている。すぐに向かおう」
確率からいってムーンガーデン王国の人間の可能性が高いだろう。王女としては自国の民かもしれないから見過ごすことは出来ないだろう。いや、優しいリズならどんな人でもすぐに助けに行くか。
「とりあえず先に行くからみんなは後から来てくれ」
「わかりました」
リズに抱かれていたマシロが俺の肩に乗ったのを確認して、強化魔法を自分自身にかける。
そしてマシロの指示の元、俺は急ぎ倒れている人の元へ向かうのであった。
走り出してから一分程経つと、マシロが指示してくれた場所付近にたどり着いた。
「あそこです」
マシロが視線を向ける先には、確かに人がうつ伏せで倒れていた。顔は見えないが、セミロングくらいの長さの髪とスカートということから、女性だということがわかる。
そして倒れた拍子でそうなってしまったのかわからないが、スカートが捲れており、白いものが見えている。
「ユート⋯⋯」
マシロが怒気を含んだ声で睨んできた。
「私の世話係ともあろう者が、女性の下着をまじまじと見るなど許されませんよ」
「ま、まじまじとなんて見てないぞ。それより意識があるのか確認した方がいいな」
俺は下着を見てしまったことを誤魔化すため、女性の肩を揺らす。
「大丈夫ですか?」
返事がない。まるで屍のようだ⋯⋯というのは冗談で女性は動く気配がない。
俺は心配になって女性の首を触ってみる。すると脈を確認することが出来たので、少なくとも生きているのは間違いないようだ。
そして俺が首に触れたからなのか、突然女性が⋯⋯いや、女の子がゆっくりと起き上がり、俺と目が合う。
だがその瞳はぼんやりとしていて、焦点があっていないように見えた。
「え~と⋯⋯だいじょう⋯⋯」
俺が言葉を言い終える前に女の子は驚きの行動に出た。
何と突然俺の方に迫り、抱きついてきたのだ。
予想外の行動に動くことが出来ない。
そして女の子は俺の背中に手を回し、一言呟くのであった。
「やっと会えた⋯⋯」
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