第112話 行き倒れていた女の子

「えっ? えっ?」


 訳がわからない。何なんだこの子は。

 いきなり抱きついて来るなんて痴女か?

 それとも俺を嵌めるための美人局なんてことはないよな?

 俺はこの女の子の行動にただ驚くだけだった。

 しかも身長は大きくないのに、さっきから胸部付近に柔らかくて大きなものを感じるため、俺の冷静な判断を奪っていく。

 でも突然のことで戸惑ったけどこの子⋯⋯どこかで見たことがあるような⋯⋯

 さっき俺の聞き間違いじゃなければ「やっと会えた」と口にしていた。

 過去の記憶を探ってみる。すると突如首筋に軽い痛みを感じた。


「はむはむ⋯⋯お肉だあ。安い肉だけどここは背に腹はかえられません」

「誰が安い肉だ!」


 もしかしてこの子はお腹が空いて倒れていたのか? それなら異空間にある食糧を渡せば元気になるかもしれない。

 けどその前にまずはこの子を離さないと。

 俺は抱きついている女の子を引き剥がすため、肩に手を置く。

 だがこの時、俺は女の子に気を取られていて周囲の状況に目がいってなかったため、この場に近づいている者達に気がつかなかった。


「ユート! 女の子に何をしているの!」

「ユ、ユート様⋯⋯これはいったいどういうことでしょうか」

 

 フィーナは怒りながら、リズが困惑しながらこちらに近づいてくる。


「ちちち、違うんだ! これはこの子がいきなり抱きついてきて!」


 俺は正直にここで起こったことを口にする。

 大丈夫。俺はやましいことは何一つしていない。きっと二人はわかってくれるはずだ。


「で、ですがその肩に置いてある手はなんでしょうか? 自分の方に引き寄せてるように見えます」

「逆逆! 俺は離そうと思って肩に手を置いただけだ」

「本当にそうかしら?」


 えっ? 俺ってそんなに信用ないの?

 今までの冒険で信頼関係が強くなったと思っていたのは俺だけ?


「信用されてないですね」

「うるさいよ」

「ですがこの子の下着をジロジロ見ていた変態ですから、仕方のないことでは?」


 この駄ネコは何を口走っているんだ!

 このタイミングでそんなことを言われたら、益々二人は俺のことを信じてくれないじゃないか。


「マシロさんは何を言ってるのかな! 後で新鮮な魚をあげるから黙っててくれないか」

「わかりました。それで手を打ちましょう」


 とりあえずマシロは黙らせたけど⋯⋯

 俺はチラリと二人に視線を向ける。だがフィーナはあからさまに怒っており、リズは不満気な顔を見せていた。

 こうなったら無実を証明するためにも、この女の子に目覚めてもらうしかない。


 俺は串に刺して焼いた肉を異空間から取り出し、女の子の口元に持っていく。


「ほら、肉だぞ。これを食べて俺が何もしてないことを証明してくれ」

「クンクン⋯⋯クンクン⋯⋯お肉⋯⋯ですか!」


 匂いから確認し、これが本物の肉だとわかると、女の子の意識が覚醒する。

 そして一心不乱に肉をむさぼり始めた。


「ムシャムシャ⋯⋯美味しい! 美味しいです!」


 それは良かった。だけどそんなに急いで食べると⋯⋯


「うぐっ!」


 俺の予想通り、女の子は肉を喉に詰まらせてしまった。

 やれやれ。俺は異空間から瓶に入った水を取り出す。


「これを飲んでくれ」


 女の子は慌てた様子で水を飲む。そんなに急いで飲むと今度は頭が心配になってしまう。何故ならこの水は⋯⋯


「あうっ! 頭が痛いです!」


 女の子が額を抑えてうずくまる。


「何でこんなに冷たい水があるんですか! 私が普段向けられている視線と同じくらい冷たいです」


 悲しいことを言うな。

 この子は辛い人生を送っているということか。何だか涙が出てきてしまいそうだ。


「もちろん冗談ですよ。私のような美少女がそんな目で見られる訳ないじゃないですか。見られるとしたら舐めるようなやらしい視線だけです」

「そ、そうだね」


 さっき抱きしめられている時、その大きな胸を堪能したからな。だけどそんなセクハラまがいな事を口にする勇気はない。

 でもこれまでもの言動で一つわかったことがある。この子の正体だ。

 初めて会った時はベールのような薄い布で顔を隠していたからわからなかったが、この声は間違いない。


「それであなたは誰なの?」

「どうしてユート様に抱きついていたのでしょうか」


 フィーナとリズが女の子を問い詰める。

 わざわざ俺が言わなくても正体がわかりそうだ。

 そして女の子は頬を赤らめながらゆっくりと口を開く。


「ユート様は⋯⋯私の初めての方です」


 その言葉は俺にとって、とても容認できるものではなかった。

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