第84話 他人事だと饒舌になる

「はあ⋯⋯はあ⋯⋯」


 ジグベルトは全力を出したせいか、息が乱れていた。

 周囲には微妙な空気が流れており、誰も言葉を発せないでいる。

 あれだけ神剣を抜くと豪語していたのに、これがその結果か。

 ハッキリ言ってカッコ悪いな。俺ならもうこの場から逃げ出したくなる程だ。

 そのような中、最初に言葉を発したのは俺の肩に乗っていたマシロだった。


「ダサいですね」

「な、何だと!」


 ジグベルトがジロリとこちらを睨んでくる。

 いや、今のは俺じゃないと言いたい所だけど、こっち側には他に人はいない。

 マシロの気持ちは滅茶苦茶よくわかるけど、思わず口にしてしまったという所か。

 仕方ない。マシロが喋れることは隠しておきたいので、ここは俺が言ったことにするしかないな。


「あ、あれだけデカい口を叩いておきながら、ピクリとも動かないじゃないか」

「前座は早く下がりなさい」


 マシロが味を占めたのか、俺と偽って喋り始める。


「き、貴様! 人族ごときが偉そうに!」

「偉そうじゃなくて偉いんです。おとといきやがれ、すっとこどっこい」


 他人事だと思って言いたい放題だな。

 でも出来るなら自分の口から言って欲しいぞ。

 全く怖くはないが、ジグベルトが殺気を込めた視線を送ってきているからな。


「くっ! それなら貴様がやってみるがいい。どの道神剣は抜けないと思うがな。その時は盛大に笑ってやろう」

「あなたと一緒にしないで欲しいですね。もし失敗したら土下座でも裸躍りでもしますよ。それともここにいる全員に新鮮な魚をご馳走しましょうか?」

「面白い。貴様の情けない姿を目に焼きつけてやろう」


 ジグベルトは嫌な笑みを浮かべながら後ろに下がっていく。

 俺は肩に乗っているマシロをジロリと睨む。


 この駄猫は何を言っちゃってくれてるの!

 土下座はともかく裸躍りだと! そんなこと死んでもやりたくないんですけど!


「ユ、ユート様の裸ですか⋯⋯何故か想像するとドキドキします」

「そ、そんな粗末なもの見たくはないわ。でも約束したならやるしかないわね」


 リズとフィーナに至っては、顔を赤らめてどこか失敗することを期待しているように見えたのは気のせいか?

 いやいや。二人は俺の応援をしてくれないの?

 これも全てマシロのせいだ。とんでもないことを言ってくれたな。

 しかもちゃっかり魚の要求もしているし。


「どうしました? 何か言いたそうですが」


 マシロが小声で話しかけてくる。


「今はやめておく。だけど後で覚えてろよ」

「やれやれです。私は発破をかけてあげただけですよ。さっきから自信のなさそうな顔をしていましたから」


 うっ! 見透かされていたのか。


「リズやフィーナ、ノアは神剣を抜くと信じてますよ。私の世話係ならその程度のことやってのけなさい。あなたが本当にしなければならないことは、この先にあるんでしょ」


 神剣が手に入れば、ムーンガーデン王国とガーディアンフォレストを苦しめている漆黒の牙シュヴァルツファングを倒せるかもしれない。そして漆黒の牙シュヴァルツファングを倒すことが出来れば、レーベンの実を手に入れてフォラン病にかかっているエルフを助けられる。

 マシロの言うとおり、この後に待ってる苦難を乗り越えるためには、神剣を抜くことに戸惑っている訳にはいかない。


「わかったよ。必ず神剣を抜いてみせるから、俺の勇姿をちゃんと見てろよ」

「ふふ⋯⋯期待してますよ」


 マシロが肩から降りて、リズの元へと向かう。

 何だかマシロに上手く乗せられた感はあるけど、やるしかない。

 俺は神剣に手に持つ。

 ここは全力で抜くべきか。

 俺はグッと力を込めようとするが、掌から何か違和感を感じた。


 えっ? これってもしかして⋯⋯


 俺は腕に込めていた力を抜き、軽く神剣を引き上げる。

 すると神剣はなんの抵抗もせず、神樹から抜くことに成功するのであった。





 

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