第83話 前座

「こ、ここはどこですか!」


 リズが驚くのも無理もない。何故なら周囲には青空が拡がり、本来なら手に届くはずのない雲が目の前にあるのだ。


「たぶん神樹の上じゃないかな」

「神樹の上? 私達そんなに高い所まで来てしまったのですか!」


 転移魔法陣はすごいな。魔方陣さえ出来れば誰でも使える点がいい。


「フォッフォッフォ⋯⋯初めて来る者は驚いてくれるから楽しいのう」


 だから神剣がどこにあるか詳しく教えてくれなかったのか? 悪趣味だなあ。


「じゃがそちらの娘に比べて青年は反応がなくてつまらん」

「いやあ⋯⋯そんなこと言われても⋯⋯」


 何となく神剣は特別な所にあるんじゃないかと心構えをしていた。それに二回目の人生だから見た目十五歳でも大人だからな。


「まあよい。これが神剣だ」


 最長老様が地面を指差すとそこには一振の剣が刺さっていた。

 見た感じ神樹に刺さっているだけで、簡単に抜けそうな気がするけど。

 もしかして抜けないのではなく、滅茶苦茶重くて持ち上げることが出来ないとか?

 それともやはり何か特別な資格が必要なのだろうか⋯⋯例えば勇者とか。


「この五千年の間、今まで何人も力自慢や勇者と呼ばれる者が挑戦してきたが、ことごとく失敗している」


 最長老様は俺の考えを読んだのか、知りたかった答えを口にしてくれた。

 そうなると勇者の称号は関係ないということか。

 もし勇者の称号で神剣が抜けるとなると、ギアベルにその資格が出来てしまう。

 五千年間神樹に突き刺さった神剣が、ギアベルの手で抜けるなんてそんな未来は想像もしたくないな。

 きっとこれ見よがしに自慢してくるだろう。


 それにしてもさっきの言い方だと、最長老様は挑戦者達を実際に見てきたということだろうか。そうなるととんでもなく長生きをしているということになるな。


「それではユートよ。前へ」


 俺は最長老様の言葉に従って神剣の元へと向かう。

 とうとうこの時が来てしまったか。

 リズやノア、マシロから期待の視線が送られる。

 そして気のせいかもしれないが、フィーナからも同じ視線を感じるぞ。

 こうなったらやぶれかぶれだ。

 神剣だが何だか知らないけど、必ず抜いてみせるぞ。

 気持ちが落ち込んでいたら、抜けるものも抜けなくなる。

 俺は強気の姿勢で神剣に手を伸ばすが、背後から俺のやる気を削ぐ声が聞こえてきた。


「ちょっと待て!」


 ジグベルトが俺を押し退け、神剣の前に立つ。


「人族ごときに抜けるはずがない。ここは私が神剣を抜いてみせる」


 自信満々だな。それならジグベルトに抜いてもらおうじゃないか。俺としては異論はない。

 もし万が一⋯⋯いや、億が一神剣が抜けたとしても、それはそれで後悔はない。ジグベルトごときに抜ける剣なら、初めから俺には必要ないからだ。


「わかった。俺は後でいいよ」

「後があればいいがな」


 俺はジグベルトの勇姿? を見るため、一度下がる。


「わざわざここまで来たのは、そんなことをするためだったの?」

「そうだ。フィーナも神剣を掲げた俺を見れば、惚れ直すだろう」

「元々好きじゃないから惚れ直すも何もないけど」

「ぐっ!」


 フィーナはジグベルトをバッサリと切り捨てる。

 これは奇跡が起きても、フィーナがジグベルトを好きになることはなさそうだな。


「フィーナよ。もし神剣が抜けたら私と婚姻を結ぶと約束しろ」

「いいわよ。神剣が抜けたら婚姻でも何でもしてあげるわ」

「約束だぞ!」


 えっ? いいの? ジグベルトが剣を抜ける可能性はゼロじゃない。女神のイタズラで抜けるかもしれないぞ。


「フィーナさん。よろしいのですか?」

「ええ。神剣は五千年も抜けなかったのよ。ジグベルトに抜けるはずないじゃない」

「そうですね。女神セレスティア様は仰いました。あの無礼なエルフには神剣は抜けないでしょうと」

「その通りだわ」


 まあ俺もジグベルトに神剣が抜けるとは思っていない。お手並み拝見と行くか。


 ジグベルトは神剣を手に持ち、深呼吸をする。


「私の隠された力よ! 今こそ解き放つ時だ!」


 隠された力? そんなものがあったのか? これで神剣が抜けなければ、かなり恥ずかしいぞ。


「神剣よ。お前が待っていた持ち主はここにいる。さあその美しい剣身を私に見せてみろ」


 ジグベルトは力を入れて神剣を持ち上げようとする。だが残念ながら神剣はピクリとも動かないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る