第82話 神樹

 俺達は長老達の屋敷から一時間程歩くと、神樹の根元までたどり着くことができた。


「大きいですね。こんな大きな木は見たことありません」


 リズが上を見上げながら神樹の感想を述べる。

 本当に大きいな。木の太さは下手すると百メートルは越えているし、高さに関しては終わりが見えない。

 それに神樹の近くに来てからどこか懐かしい感じがする。俺はその正体が何か考えると、すぐにその答えが出た。

 そうだ。ここは天界の雰囲気に似ているんだ。

 邪悪なものを寄せ付けず、心が洗われていくような感覚は天界で間違いない。

 これなら漆黒の牙シュヴァルツファングが近づけないのも理解出来るな。


「それにどこか清らかな空気を感じます」

「リズも感じるんだ。実は天界の雰囲気にそっくりなんだよ」


 俺は小声でリズに伝える。


「そうですか。神樹と呼ばれている木ですから、女神様が住んでいらっしゃる場所に雰囲気が似ていてもおかしくはないということですか」


 ふと天界で暮らしていた時の記憶が甦る。

 女神様は元気なのだろうか。下界に降りてきてまだそんなに経っていないけど、もう何年も前のことに感じる。


「くそっ! 何故道が整備されていないんだ。足は痛いし汗も出るし最悪だ」


 思い出に浸っていると、背後から息を切らせながら文句を言うジグベルトがいた。

 せっかくの清らかな空間が台無しだ。

 そんなことを言うくらいなら初めから来なければ良かったのに。

 どうしても俺が神剣を抜くのを失敗する所が見たいようだ。暇な奴め。

 とりあえずジグベルトは無視して、俺達は最長老様の後に続く。

 すると神樹の根元に、ポッカリ穴が開いている空間が目に入った。


「この中に神剣がある。さあ、中へ」


 神樹の中心部に近い場所へさらに進んでいく。


「明るいですね」


 神樹の中は本来陽が当たらず真っ暗なはずだが、所々光りを放っており、俺達の視界を妨げるようなことはなかった。


「これは光り苔のおかげよ」

「光り苔?」

「そう。ほら、よく見て。苔が光っているでしょ?」


 フィーナが苔を手に取る。すると苔が光を放ち、周囲を照らしていた。


「どこか神秘的な光で、綺麗事ですね」

「そうだね」


 リズの言うとおり綺麗な光だ。これはアイテムとしても使えそうだな。火を使わずに辺りを照らすことができるから、場所によっては重宝されるかもしれない。


「これって少しもらっても大丈夫ですか?」

「かまわんぞ。すぐに生えてくるからな」

「ありがとうございます」


 俺は最長老様の許可を得たので、手で光り苔を削り取り異空間にしまう。


「ほう⋯⋯面白い魔法じゃな。昔どこかで見たことがあるようなないような」


 最長老様は神聖魔法の使い手に会ったことがあるのだろうか? 長生きをされているらしいから、もしかしたら俺と同じようなイレギュラーな存在がいたのかもしれないな。


「着いたぞ」

「えっ?」


 到着したと言うけど、周囲に剣は見当たらなかった。確か神樹に刺さっているという話だったはずだけど。

 ん?

 だが剣はないけど代わりに怪しいものを見つけた。


「魔方陣?」

「そうだ。この上に乗れば神剣がある場所に行ける」

「もしかして転移魔方陣ですか?」


 転移魔法陣は遠くの場所に一瞬で移動できるものだ。天界にも同じものがあったから間違いないだろう。


「地上にはここしかないと思っていたが、よく知っていたな」

「ほ、本で見たのかな? なんだろう」


 やばい。つい口に出してしまった。さすがに天界で見ましたなんて言えないからな。迂闊なことを口にしないよう注意しないと。


「そうか。その本とやらがあったら読んでみたいな」

「もし何の本か思い出したら最長老様にお見せしますよ」

「楽しみにしておこう」


 最長老様が魔方陣の上に立つ。

 すると魔方陣が光を放ち、その光が消えると最長老様の姿はどこにもなかった。


「俺達も行こうか」


 俺は魔方陣に向かって歩き始めるが、突然左腕を掴まれた。


「どうした?」


 腕を掴んできたのはリズだ。目を見ると瞳を潤ませており、何を考えているか察しがついた。


「一緒に行こうか」

「ありがとうございます」


 俺はリズの手に自分の手を重ね、共に魔方陣へと進む。

 おそらく最長老様が突然目の前から消えて、怖くなったのだろう。

 確かに転移魔方陣の存在を知らなければ、普通に跡形もなく消滅したように見えるからな。

 俺は少し震えているリズの手をしっかりと掴み、転移魔法陣に入る。


 すると予想していなかった場所に転移されるのであった。


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