第65話 エルフの女の子

「あれが漆黒の牙シュヴァルツファングですか⋯⋯凄まじい圧を感じますね」


 黒色の毛を持ち、黒いオーラのようなものが漆黒の牙シュヴァルツファングを包んでいる。漆黒の名は伊達じゃないということか。

 だけど今は漆黒の牙シュヴァルツファングより女の子のことが気になる。

 女の子は膝をつき、明らかに劣勢に見える。それに布で口を覆っているが、魔素の影響で苦しそうな表情をしていた。

 そして何より女の子のことで気になったのは⋯⋯


「ユート様⋯⋯あの方はエルフです」


 そう。あの女の子は人属より少し耳が尖っているため、エルフであることは間違いなかった。

 エルフは見目麗しい者が多いため、人属に拐われたりすることがあるらしい。そのためエルフは滅多に人前には出てこないと聞いている。もちろん俺もこの世界に来て初めて見た。

 だけど今はそんなことより女の子を助ける方が先だ。


「俺が漆黒の牙シュヴァルツファングの相手をする。リズはあの子を連れてここを離脱。マシロとノアはリズ達の護衛だ。いいな」

「わかりました」

「やれやれですね」

「僕達が二人を守ってみせます」


 作戦は決まった。

 まずは漆黒の牙シュヴァルツファングの注意を引くためにわざと声を上げ、突撃を試みる。


「うおおぉぉぉっ!」


 漆黒の牙シュヴァルツファングがこちらに視線を向けるが、女の子はこちらに気づいていない。目の焦点もあっていないため、もう限界なのかもしれない。

 そして漆黒の牙シュヴァルツファングはこちらをジロリと睨み付けると、耳が痛くなる程の咆哮を上げた。


「ワォォォォォン!!」


 くっ! 何て音量だ。こんなものを見せつけられたら、大抵の生き物は逃げ出したくなるだろう。だが俺は⋯⋯俺達は逃げる訳には行かない。

 咆哮が終わった瞬間、俺は漆黒の牙シュヴァルツファングに対して斬りかかる。

 タイミング的には当たると思っていたが、漆黒の牙シュヴァルツファングは素早い動きで後方へと下がり、剣は空を斬る。

 今ので仕留められれば良かったが、注意をこちらに引くことと、女の子から漆黒の牙シュヴァルツファングを離すことに成功した。

 俺は漆黒の牙シュヴァルツファングと対峙し、女の子を守るように立つ。


「リズ!」


 俺は背後を見ずに声をあげると、リズが女の子を連れていく気配がした。

 後はこのままこいつを倒せればいいんだけど⋯⋯これは一筋縄ではいかなそうな相手だな。ここ布石を打っておくか。


「ゴホッゴホッ!」


 俺は魔素を吸って咳き込んでしまう。

 その様子を見たせいか、漆黒の牙シュヴァルツファングが爪を伸ばし、飛びかかってきた。


「くっ!」


 俺は迫ってきた爪を剣で受け止める。

 攻撃が重い。神聖魔法で強化したはずなのに、腕が痺れて剣を落としそうになってしまった。

 冗談じゃない。こんなのと何度も打ち合う訳には行かない。

 やはりここは魔法で仕留めるべきだな。


「ゴホッゴホッ!」


 俺は咳をしながら、バックステップで後方へと下がる。

 リズ達の気配は既にない。これなら全力でやれそうだ。

 そして剣を漆黒の牙シュヴァルツファングに向けながら、魔力を溜めて詠唱を始める。


「女神セレスティアの名の元にユートが命ずる⋯⋯我が身我が手に集い⋯⋯」


 漆黒の牙シュヴァルツファングは都合がいいことに、こちらの様子を窺っている。それならそのチャンスを生かさせてもらうだけだ。


「神の一撃を持って⋯⋯我が眼前にいる敵を破壊せよ⋯⋯神聖極大セイクリッドオメガ破壊魔法ブラスト


 魔法を唱えると、聖なる光を集めた巨大な光球が俺の手から放たれ、漆黒の牙シュヴァルツファングへと向かう。

 いくら漆黒の牙シュヴァルツファングが素早いと言っても、三十メートルはある巨大な光球を避けるのは難しいだろう。

 漆黒の牙シュヴァルツファングは光球から逃れようと駆け走る。だが残念ながら神聖極大セイクリッドオメガ破壊魔法ブラストから逃れることは出来なかったようだ。光球が漆黒の牙シュヴァルツファングに直撃した。


 ん? 神聖極大セイクリッドオメガ破壊魔法ブラストが直撃した瞬間、何か違和感があった。一瞬神聖極大セイクリッドオメガ破壊魔法ブラスト漆黒の牙シュヴァルツファングの纏っている黒い魔素に防がれたように見えた。だがすぐに大爆発が起き、どうなったかわからなかった。

 だが同じSランクのフレスヴェルグを倒した魔法だ。少なくとも大ダメージを与えたはず。

 そして土煙が収まると、そこには予想外の光景が広がっていた。



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