第64話 聖女の力?

「もしかしてあれが魔素ですか? 凄い勢いでこちらに迫ってきています」


 ノアの言うとおり、東側から猛スピードで黒い魔素が向かってくる。

 俺やマシロやノアはともかく、リズが魔素を吸ってしまうのはまずい。

 俺は慌てて魔法を唱えようとするが、その前にリズの元に魔素が到達してしまった。

 だがこの時予想外のことが起こる。

 リズにまとわりついていた魔素は一瞬にして消えてしまったのだ。


「リズ⋯⋯それはいったい⋯⋯」


 リズの身体がほのかに光を発しているのだ。状況からしてこの光が魔素を消失させたように見えるが⋯⋯


「わ、私にもわかりません!」


 リズもどうしてこうなっているのかわからず、狼狽えていた。これはリズが意図的にやっている訳じゃなさそうだ。


「これは神託を持つリズのために、セレスティア様が慈悲を与えて下さったのでは?」

「そうかな? マシロの言うこともわからないでもないけど⋯⋯セレスティア様は何か言ってるの?」

「いえ、セレスティア様は何も仰っていません」


 もし何かセレスティア様がしたなら、神託で授けているような気がするけど、それもなしか。

 そうなると考えられるのは⋯⋯


「聖女の力じゃないかな?」

「「「聖女?」」」

「そうだ。リズには聖女の称号があったから、その力で魔素を防いでいるんじゃないか」

「私が聖女⋯⋯」


 この反応を見る限り、リズは自分が聖女だということを知らなかったようだ。

 聖女はセレスティア様の代弁者とも呼ばれる存在だから、よくよく考えると神託が使えて当然だったんだな。


「なんにせよリズに魔素が効かないことは間違いなさそうだ。このまま魔素が濃い場所へと向かおう。そこに漆黒の牙シュヴァルツファングがいるはずだ」

「はい」


 そして俺達はさらに東へと向かう。

 すると魔素が濃くなり、少し視界も悪くなってきた。

 しかしリズの周囲だけは一切の魔素がなく、視界も良好であった。


「魔素が煩わしいですね。仕方ないです」


 マシロは魔素を嫌ったのか、俺の肩からリズの肩に移動する。


「今だけは、私を運ぶ権利をリズにあげます」

「マシロちゃん⋯⋯とうとう私の愛が通じたのですね」


 リズはマシロが自分から来てくれて嬉しいのか、感極まっていた。

 まあ今まで邪険にされていたからな。動物好きのリズに取っては喜ばしいことだろう。


「調子に乗らないで下さいね。今だけですから」

「今だけなんて意地悪なこと言わないで下さい。私はいつでもウェルカムですから」

「ふん」


 残念だけどリズの愛はまだマシロには届いていないようだ。だけど少しずつ二人の距離は縮まっているように感じる。二人が本当の意味で仲良しになるのは遠くないだろう。


「止まりなさい」

「止まって下さい」


 和やかな雰囲気だったが、突然マシロとノアが真剣な表情を浮かべ、制止するよう求めてきた。


「二人ともどうした?」

「ここから一キロ程いった所に何かがいます」

「でもこれって⋯⋯」


 何かとは漆黒の牙シュヴァルツファングで間違いないだろう。俺達は討伐に来ているのだから、驚くことではない。

 だけど二人はどこか困惑しているように見える。


「ノア」

「そうですね」


 何か二人でアイコンタクトのようなものを交わす。

 何だかとても気になるぞ。二人は何を感じ取っているのだろうか。


「ユート、リズ、急ぎますよ」

「何かあったのか?」


 マシロが何故か急ぐよう急かしてくる。


「誰かが漆黒の牙シュヴァルツファングと戦っています」

「「えっ?」」


 何もわからない俺とリズは、ノアの言葉に驚きの声をあげる。


「誰かが戦っている? 漆黒の牙シュヴァルツファングと?」

「そう言っています。しかもかなり劣勢のようです。このままだと死にますよ」

「死ぬ?」

「はい。ユートが助けたいなら急ぐべきです」

「わかった」


 漆黒の牙シュヴァルツファングと戦っている人がいるなんて、にわかに信じられない話だが、マシロとノアの感知能力は一級品だ。信じるに値する。


神聖身体強化魔法セイクリッドブースト


 俺は全員に強化魔法をかけて、漆黒の牙シュヴァルツファングがいると思われる場所へと駆ける。

 強化したことが風を切るようなスピードで目的地へと向かう。

 すると人の体躯の三倍はありそうな黒い狼と、弓矢を使って戦う少女の姿が目に入るのであった。

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