第60話 |漆黒の牙《シュヴァルツファング》

「我が国の東側は平原と森が拡がっているらしい」

「らしい?」

「そこは未開の地になっていてな」

「未開の地⋯⋯ですか?」


 地図を見ると東側の未開の地と思われる部分は、国の三分の二は占めているように見える。ここの領地が使えないなんて相当の痛手じゃないか?


「そうだ。この地域には魔素が溢れていてな」


 魔素か。実際には見たことがないけど、黒い瘴気のようなものらしい。植物や動物には害はないけど、人間が吸うと咳や喉が痛み、やがて死に至るとか。だけど魔素が出るには確か条件があったはずだ。


「もしかしてSランク級の魔物がいるんですか?」

「その通りだ。魔獣、漆黒の牙シュヴァルツファングがな」


 魔素は魔物から発生するものだ。Sランク以上の魔物がまれに魔素を作ると言うけど、まさかムーンガーデン王国にいるとは。


「先代の時、五百人の決死隊が組織されて討伐に向かったのだが、全滅してしまった」


 五百人⋯⋯とんでもない数だな。しかも現状漆黒の牙シュヴァルツファングは生きているから無駄死になってしまったということか。


「討伐を決断した王族として、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。その償いをするために、私は国王になったのだ。まあ結果はご覧の通りだがな」


 国王陛下の国民を第一に考える信念は、そこから生まれたという訳か。


「でも王族もただ見ていただけではないでしょ? あなたのお父様だって亡くなっているのだから⋯⋯」


 当時の国王陛下も決死隊に加わっていたということか。国王陛下としては何として漆黒の牙シュヴァルツファングを討伐したいだろうな。


「いくら実力者でも魔素を何とかしないと漆黒の牙シュヴァルツファングは倒すことは出来ぬ。勇者パーティーでも倒せるかどうか⋯⋯そもそもムーンガーデン王国の歴史上、勇者は生まれたことはないがな」

「他国の勇者に頼むと言うのはダメなんでしょうか?」

「無理だな。自国の勇者を危険な目に遇わせたくないことと、本心ではムーンガーデン王国は滅びた方がいいと思っているかもしれない」


 なるほど。魔物が滅ぼした国を奪い取れば、侵略したことにはならないからな。他国に非難されることもないということか。


「そして魔素は少しずつ拡がっている。いつかこのローレリアまで届くかもしれん」


 もしかしてリスティヒが国王の座に拘らなかったのは、漆黒の牙シュヴァルツファングも関係しているかもしれないな。


「ユートよ。一つだけ言っておくが、私はお前に漆黒の牙シュヴァルツファングの討伐は求めてはおらぬ」

「そうよ。リズの大切な人を危険な目に遇わせる訳には行かないわ」

「そうだ。いくらユートでも魔素を持つ魔物との戦いは危険だ。やめておけ」


 このまま時間が経てば、自分達が生まれ育った国が滅びてしまうというのに、みんな俺のことを心配してくれているのか。

 はあ⋯⋯そんな優しさを向けられたら、無視することが出来ないじゃないか。

 それにここはリズが育った場所でもある。このまま放っておく訳にはいかない。


「心配しないで下さい」

「無謀と勇気は違う。賢明な判断だ」

「リズが悲しむことはしないでね」

「さすがのユートでも一筋縄では行かない相手だ。無理はしない方がいい」


 どうやらみんな勘違いしているようだ。これはハッキリと言った方がいいな。


「いえ、そういう意味で言った訳ではないです」

「どういうことだ?」

「僕には魔素を防ぐ魔法があるので」

「ブハッ!」


 俺が答えるとレッケさんが口に含んでいた紅茶を吐いた。


「ちょっとレッケ汚いわよ」

「も、申し訳ありません。ですが魔素を防ぐ魔法だと? そのようなもの聞いたことないぞ!」

「私も初めて聞く。だがフレスヴェルグを倒した英雄の言葉だ。真実なのであろう」


 実際にその魔法は使えるけど、そもそも俺には必要ない。何故なら俺には魔素が効かないからだ。女神セレスティア様の加護を受けていると魔素は効かないと天界で教えてもらった。

 ちなみに同じ原理でマシロとノアにも魔素は効かないはずだ。


「だからここは俺に任せていただけませんか?」


 しかし国王陛下は何も言ってくれない。

 だけど一度目を閉じて一息ため息をつくと、口を開いた。


「すまぬ。また厄介事を押しつけて申し訳なく思う。だがムーンガーデン王国の未来のために漆黒の牙シュヴァルツファングの討伐を頼めるか」


 国王陛下は⋯⋯いや、国王陛下と王妃様、そしてレッケさんは立ち上がり、深々とこちらに向かって頭を下げてきた。

 その姿を見て、俺は必ず漆黒の牙シュヴァルツファングを倒すと決意するのであった。

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