第50話 密約

「それはどういうことかお教え願いたいですねえ」


 ドア付近にいたハメードはレッケの言葉を聞いて、再び椅子まで戻り座る。


「最近レジスタンスの抵抗が激しく、遠くない未来に王国は落とされてしまうかもしれません」

「それは由々しき事態ですね。そうなれば我々の計画は全て水泡に帰してしまいます」

「ただ飽くまで可能性の話です。リスティヒ国王陛下は税を集め、貴族達は好き放題しているので、民の怒りは凄まじいものとなっています」


 民を押さえつけるには軍の力が必要だ。しかしムーンガーデン王国は小国なため、軍の力は非常に弱い。そして政権が変わったばかりという要因もあり、統率が取れていないのだ。

 その情報はハメードにもあった。そのため、ハメードの中で迷いが生じる。


「どうされますか? 私としてはリスティヒ国王陛下の命令を遂行するため、会談を続けたいのですが」

「⋯⋯⋯⋯わかりました。今回の案件は帝国や王国はまだしも、他国に悟られる訳にはいきません。迅速に話を進める必要があります」

「承知しました。では会談を続けましょう」


 中止になりかけた会談が再開され、レッケは心の中で安堵のため息をつく。


「しかしまずは会談の前に、リスティヒ国王陛下からハメード伯爵へお言葉を頂いています。クーデターを起こした時に、私兵を貸していただき感謝していますとのことです」

「姉の嫁ぎ先であるリスティヒ様に協力するのは当たり前のことです。それに我らの計画のためには必要なことですから」

「その計画に関してですが、ハメード伯爵から詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか? 私の認識と差異があったら大変ですので」

「承知しました」


 ハメードから、今回何故会談をするのか語られる。その内容をグラザムから聞いていたとはいえ、レッケは怒りに震える。


「まず今回のクーデターですが、先程もお話したように私も協力させていただきました。我が私兵と王国内で雇った傭兵達は、リスティヒ様の勝利の一因になったと思います。ですが私はただで協力した訳ではありません。今後王国は地図上から消滅し、帝国の領地とさせていただきます」


 ハメードの狙いはその手柄を持って成り上がることだった。そして次期皇帝に最も近いギアベルを関わらせれば、恩を売ることができ、将来政権の中枢にいることが出来ると考えたのだ。


「そしてリスティヒ様には国民の不満を高めていただきました。このことにより王国が帝国の領地になった時、反発する者は少なくなるはずです。むしろ国民は圧政を強いる王国より、帝国の方を望むでしょう」


 リスティヒはそのために税を上げ、私腹を肥やしていたのだ。だか王位を手放すなど普通ではない。しかしある意味リスティヒの優れている所は、自分の身の程がわかっている所だ。王の器ではないと。そして以前グラザムが言っていたが、ムーンガーデン王国は小国であるため、吹けば飛ぶような国の王になっても、身を滅ぼすだけだと考えているのだ。


「そして私共もただで国を貰おうなどと思ってはいません。大白金貨三十枚で売っていただこうと考えています。まあ表向きは王国の民が帝国に助けを求めてきたため、仕方なしに占拠したということにするつもりですが」

「素晴らしいシナリオです」

「王国がなくなった後のリスティヒ様の受け入れ先も用意しておりますので、安心して下さい」


 これがリスティヒとハメードが密約していた内容だった。

 リスティヒは国を乗っ取っただけではなく、国を売るという大罪を犯そうとしていたのだ。


「ですが気をつけなければならないことがあります。まずはクーデターに帝国が関わっていたことを知られる訳にはいきません。内政干渉として他国から叩かれてしまいます。そして今回の密約について、金で国を売ったことが世間に露呈すれば、私もリスティヒ様もただでは済まないでしょう」


 これは飽くまで世俗が好みそうな、悪である王国を正義である帝国が救うというシナリオが必要なのだ。


「ご説明ありがとうございました。では密約書をお渡し願えないでしょうか。必ずやリスティヒ様にお渡し致します」

「わかりました。どうぞこちらを」


 ハメードは一枚の紙をレッケに手渡す。

 するとレッケはニヤリと笑みを浮かべるのであった。

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