第51話 この世界で証拠を得るのは難しい

「これで証拠は押さえさせてもらった」

「ど、どういうことですか」

「まだわからないのか? リスティヒはとっくに捕まっているってことだよ」

「なっ!」


 ハメードは驚きの声を上げ、後退る。


「まさかあなたは⋯⋯レジスタンスのメンバーですか!」

「そうだ。気づくのが遅かったな。俺はレイドじゃなくてレッケって名前なんだ」

「レッケだと! まさか元王国の騎士団長か! だがレジスタンスの力が増しているとは聞いていましたが、まさかこの短時間でリスティヒがやられるとは⋯⋯」

「残念だが奴とグラザムは牢獄の中だぜ」

「リスティヒの馬鹿者が! 秘密兵器のフレスヴェルグがあるから大丈夫だと言っていたではないか! まさか使うことができなかったのか?」

「いいや。使ってたぞ。一撃であの世に送られていたがな」

「一撃⋯⋯だと⋯⋯Sランクの魔物と聞いていたが間違いだったのか。それとも勇者パーティーに討伐されたとでも言うつもりなのか」

「こっちには規格外の奴がいてね。残念ながらお前達の企みもこれで終わりだ」


 ハメードは真実を聞かされて絶望し、床に膝をつく。


「さあ立て。あんたのことは拘束させてもらう」


 レッケは縄を取り出し、ハメードを捕縛しようとするが⋯⋯


「クク⋯⋯」

「ん?」

「クックック⋯⋯」

「あん? あんた笑っているのか?」


 ハメードは何故かこの絶体絶命の状況でうつむき、笑い声を発していた。


「これが笑わずにいられるか」

「それは分相応の夢を見た自分が愚かで笑っているのか?」


 ハメードはゆっくりと立ち上がる。

 そしてレッケに対して不敵な笑みを浮かべた。

 ハメードは文官なため、身体を鍛えている訳でもなく、剣の腕が立つ訳でもない。

 実力的に考えればレッケを倒し、この場から逃げるのは不可能だった。

 だがハメードは笑っている。その目はどうにもならなくて自棄になっているようには見えず、レッケは思わず警戒してしまう。


「証拠は⋯⋯証拠はどこにある」

「はっ?」

「私がクーデターに加担し、王国を買おうとした証拠はどこにある」


 ハメードは薄ら笑いを浮かべ、自分が百パーセント正しいと言った様子で語りかける。

 レッケはその常軌を逸した姿に恐怖を感じた。


「証拠も何もここに密約書があるじゃないか」

「ふっ⋯⋯それを私が用意したという証拠がどこにある。その密約書には私の名前はない。そしてサインもしていない。仮にあったとしても誰かが私を嵌めるためにしたことではないか?」

「こ、こいつ!」

「レッケ騎士団長が私の名誉を毀損したと訴えることもできるのだぞ」

「ふざけるな! さっきお前は自分の口でペラペラと今回のクーデターの詳細を語っていただろ!」


 レッケはハメードの物言いに苛立ち、感情を露にする。

 客観的に見れば、武官であるレッケと文官であるハメードの舌戦は、レッケに不利なように見えた。


「妄想を語るのはやめていただけませんか?」

「妄想⋯⋯だと⋯⋯」

「ええ。今私が話したことを他に聞いている者はいますか? あなたが聞き間違えをしていないと誰が証明できますか?」


 ハメードの言うことはメチャクチャだが、完全に間違っている訳ではなかった。

 レッケとハメードの二人しかいない。

 ハメードが言うように互いに言ったこと、聞いたことを証明するものは誰もいなかった。そして⋯⋯


「ムーンガーデン王国のような小国の言うことを誰が信じるかな? 確実な証拠でもない限り、大国であるバルトフェル帝国の言い分を覆すことは不可能だぞ。恥をかきたくないなら黙っていることだな」

「くっ!」


 今度は先程とは逆にレッケが絶望し、床に膝をつく。


「では私は失礼する」


 ハメードはこの場を離れるため、ドアへと歩き始めた。


「クク⋯⋯」


 だが突然背後から聞こえる笑い声に、ハメードは足を止めるのであった。

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