第31話 リズリットの決意
いや、一人という表現は正しくない。リズリットの横には二匹⋯⋯マシロとノアが控えていた。
前方には多くの兵士とリスティヒ、グラザム、そして張りつけにされた国王陛下と王妃の姿がある。
だが国王陛下と王妃は長く幽閉されていたせいか意識はほとんどなく、喋ることも出来ないように見える。
しかし虚ろな目で何とか娘であるリズリットの姿を捉えていた。
「リ⋯⋯ズ⋯⋯来る⋯⋯な⋯⋯」
「にげ⋯⋯て⋯⋯」
うわ言のように呟くが、その声に力はなく、リズリットには届いていなかった。
だが声が聞こえなくてもリズリットのやることは変わらない。
親である国王陛下と王妃を助けるだけだ。
周囲には約千人、ほぼ全軍の兵士がいた。しかしリズリットは臆することなく前に進み、そして声を上げた。
「約束通り来ました。お父様とお母様を解放して下さい」
「クックック⋯⋯本当にこの場に現れるとはな。やはりお前はお人好しの大馬鹿者のようだ」
兵士達の中からグラザムが現れ、リズリットに対峙する。その表情は醜悪で、リズリットを嘲笑しているのは誰の目から見ても明らかだった。
「お父様とお母様を助けに行くことが馬鹿というなら、私は馬鹿で構いません。仮にも王族を名乗るのであれば約束は守って下さい」
「仮ではない! 私はこのムーンガーデン王国の王子だ! ただ生まれによって王族となったお前と同じにするな!」
どうやら仮と言う言葉がグラザムの神経を逆撫でにしたようだ。その言葉に反応するということは、自分は仮の王族であると内心思っているのだろう。だがグラザムはそのことに気づいてはいない。
「だがそんなお前でも使い道はある。私の要求は一つ⋯⋯リズリットよ、私の妻になれ。そうすればお前の両親を助けてやろう」
(クックック⋯⋯妻にしてしまえばどうとでもなる。国王や王妃など生きていても百害あって一理なし。いずれ事故に見せかけて殺してしまえば問題ない。子供でも作っておけばリズリットは俺に逆らうことも、両親の後を追うことも出来ないだろう)
グラザムはリズリットとの約束を一時的にしか守るつもりはなかった。リズリットもそのことに気づいているが、客観的に見て、国王陛下や王妃の命を助ける方法はこれしかないように思えた。
「その約束は守られるのでしょうか?」
「この俺のことが信用出来ないのか?」
「人質を取って妻を娶ろうとしている方を信じろと? あなたはずいぶんお人好しのようですね」
「なんだと!」
先程リズリットに言った言葉を返され、グラザムは激昂する。
その姿を見て、どちらが王族に相応しいかなど言うまでもなかった。
兵士達も表には出さないが、心の中でグラザムを笑っていた。
「グラザムよ下がれ!」
「ち、父上⋯⋯」
息子の醜態を見ていられなかったのか、体躯の大きい筋肉質の男⋯⋯現国王であるリスティヒが前に出た。
「リズリット王女」
「リスティヒ叔父様⋯⋯いえ、リスティヒ」
「あなたは現状を理解していない。今ムーンガーデン王国は二つに割れている。これは王国に取って大変良くないことだ。このまま争いが続けば国は荒れ、取り返しの着かないことになってしまうぞ。この問題を解決するためには、リズリット王女とグラザムの婚姻が必要だと言っているのだ。私の方がリズリット王女より国のことを考えている」
「それをあなたが言いますか。無理な税収をかけられ、王族や貴族は国民に対して自分のやりたいように命令をしています。もし荒れた国を立て直す気があるなら、まずはそういった王族や貴族を排除することをオススメします」
「この小娘が⋯⋯」
リスティヒはリズリットに図星をつかれ、怒りを露にする。兵士達もどちらが正しいことを言っているのか、一目瞭然だった。
「お前は父親そっくりだな。何かと言えば全ては国民のためだの甘いことを言いおって。結局巨大な力の前ではその大切な国民を守ることが出来ず、今あのように見苦しい姿を晒すことになっている」
リスティヒは国王陛下を指差し、見下した視線を送る。
「確かにあなたの言う通りかもしれません。お父様は優しすぎました。そのため、あなたという悪意がいることがわかっていて、処分することが出来なかったのですから」
「何だ? 今さら後悔しても遅いぞ」
「遅くはありません! お父様とお母様は生きていて、国は荒れてしまったけどまだ立て直すことは出来ます! あなたの思い通りには絶対にさせません!」
「クックック⋯⋯バカな小娘だ。それならばどうやって張りつけになった父親と母親を救うつもりなのだ。ここには我が軍の兵士が千人いる。この数の暴力に対してお前は何が出来るのだ! できもしないことを口にするんじゃない!」
確かにリスティヒの言葉は正論である。一人と二匹で千人の相手をしながら国王陛下と王妃を救うなど、普通なら出来るはずがない。
だがだからと言ってリスティヒの言葉に従うわけには行かない。
リズリットは決意を胸に、この場にいる者達に語りかけるのであった。
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