第32話 リズリットの問いかけ

「勇敢なる兵士の皆様。あなた方は今のムーンガーデン王国が正しい姿だとお思いでしょうか? 高額の税をかけられ、理不尽な命令をされ、自国の国民を⋯⋯愛する人達を虐げることが、あなた方が本当にやりたかったことですか?」

「父上! リズリットが勝手なことを!」

「よい。最後に語らせてやろうではないか。何をしても無駄だということがわかれば、リズリット王女もお前との婚姻を認めるだろう」

「なるほど。そういうことであれば承知しました」


 リスティヒとグラザムは下衆な笑みを浮かべながら、静観することを選ぶ。


「今一度思い出して下さい。あなた方は何故兵士になる決意をされたのですか? 愛する人達を守るためではなかったのですか? このままではムーンガーデン王国を滅びを向かえてしまいます。私はクーデターが起きた後、国民が幸せに暮らしているのであれば、王権を取り戻さなくてもいいと考えていました」


 リズリットの王権を取り戻さなくてもいいという話を聞いて、兵士達からどよめきが起きる。それだけ今の言葉は信じられない内容だったようだ。


「ですが今のムーンガーデン王国の状態を見過ごす訳にはいきません! 必ず以前より暮らしやすい王国を取り戻してみせます。ですがこれは一人の⋯⋯一部の王族や貴族でできることではありません。私はムーンガーデン王国に住む全ての人達と成し遂げたいと思っています。そのためにどうか私に⋯⋯私に力を貸して下さい!」


 リズリットの心の叫びが周囲に響き渡る。

 だがその声に応える者は誰もいなかった。

 もし立ち上がってしまえば、自分だけではなく家族に迷惑がかかる。

 そして自分一人がリズリットの味方をした所で、この状況を覆すことは出来ないと諦めていたからだ。


 パチパチパチ


 そのような中、リスティヒが拍手をしながら満面の笑みを浮かべ、前に出てきた。


「素晴らしい演説でした。さすがはリズリット王女だ。しかしあなたの演説はここにいる者達には響かなかったようだ。これでリズリット王女にもわかっただろう。国民をコントロールするのに必要なものは力と恐怖だ。甘い考えなどでは誰も従わないのだよ!」


 残念だが結果が全てだ。リズリットの言葉には誰も従わず、リスティヒの言葉には千人が従う。ここにいる誰もがそう感じていたはずだ。


 だが⋯⋯


「私はあなた方に正しい心が、悪に立ち向かう勇気があると信じています」


 リズリットは諦めていなかった。再び兵士達に向かって語りかける。


「元王族とあろう者が、さすがに見苦しいと思わないのか?」

「私は皆様に話しかけることが見苦しいと感じたことは、一度だってありません」

「黙れ! さすがにこれ以上茶番を見ているのは気分が悪い。そこまでにしてもらうぞ」


 リスティヒが右手を上げると兵士達は剣を手に持ち、切っ先をリズリットへと向ける。


「⋯⋯わかりました。皆様のお時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした⋯⋯ですが最後に一つだけよろしいでしょうか?」

「良いだろう。親族のよしみとして聞いてやる」

「では後三回だけ、誇り高き兵士の皆様、私の味方をして下さる方はいませんかと問いかけてもよろしいでしょうか」

「無駄なことを⋯⋯だが最後まで足掻き、結果誰も味方をする者がおらず絶望するリズリット王女の顔を見るのも一興か。許可してやろう」

「ありがとうございます」


 リズリットは目と顔を動かし、全ての兵士達に向けて視線を送る。


「誇り高き兵士の皆様、私の味方をして下さる方はいませんか」


 心を込めて語りかけるが、誰も返事をする者はいなかった。


「誇り高き兵士の皆様、私の味方をして下さる方はいませんか」


 兵士全員に向かって二度目の語りかけを行うが、やはり一度目と同じで誰もリズリットの声に応える者はいない。


「クックック⋯⋯バカな小娘だ。わざわざ平民達に頭を下げて、しかも味方をしてもらえないなどバカの極みだろ」

「父上、リズリットは傷一つつけず捕らえて下さい。傷ついた女を抱くなど興醒めもいい所ですから」

「わかっている。だが壊すなよ。リズリット王女にはまだ利用価値がある。レジスタンスどもを駆逐するには、必要な駒だからな」

「承知しました」


 リスティヒとグラザムはリズリットを捕らえ、王国を平定する日は近いと信じて疑わなかった。


「リズリット王女、これが最後です。あなたの自己満足にはこれ以上は付き合いきれん」

「わかっています」


 リスティヒとグラザムは、今のリズリット王女はさぞかし絶望した表情を浮かべているだろうなと思っていた。


「「な、なん⋯⋯だと⋯⋯」」


 だがその予想は大きく外れていたので、思わず驚愕の声をあげてしまう。

 なんとリズリットは絶望する表情どころか笑顔を浮かべていたのだ。

 その目には悲壮感はなく、必ず兵士達が自分の味方をしてくれると信じて疑わないように見えた。


「バカな! なぜこの状況でそのような顔ができる!」

「これが本物の王族の気概とでも言うのか」


 二人が狼狽えている中、リズリットは最後の問いかけを行う。


「誇り高き兵士の皆様、私の味方をして下さる方はいませんか」


 しかし兵士達からの反応はなかった。


「ふっ⋯⋯驚かせおって」

「結局誰もリズリットの味方をしないじゃないか」


 二人はリズリットの堂々とした姿に一瞬焦ったが、安堵のため息をつく。


「さあ、願いは叶えてやった。兵士達よ! リズリット王女を捕らえよ!」


 兵士達はリスティヒからの命令に逆らうことが出来ず、リズリットに迫まる。だがその時。


「あなたに味方する者はここにいるぞ!」


 一人の兵士がリズリットの願いを受け入れ、声高に叫ぶのであった。

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