第3話 旅立ちの時

「どうですか? 驚きましたか?」

「なるほど⋯⋯だから喋ることが出来たのか」

「えっ? それだけですか⋯⋯」


 何故か白猫はしょぼんとした顔をしている。もしかして自分は喋れる猫だと自慢したかったのだろうか。それなら少し悪いことをしたな。だけど驚かなかったことには理由がある。それは⋯⋯


「以前喋る動物を見たことがあるんだ」

「見たことがある!? この地上には聖獣はいないはず⋯⋯まさか天界!」

「天界のことを知ってるのか?」

「私はそこから来たの」


 天界のことは口にするつもりはなかったけど、相手が知ってるなら別だ。

 天界には地上では見られない珍しい動物がたくさんいたから、この白猫もその一つなのだろう。


「これは尚更私のお世話にピッタリですね。今日からよろしくお願いします」


 まさかこの白猫は地上で暮らしていく気なのか?

 本当なら断りたい所だけど、以前お世話になった天界の聖獣と知っては、見捨てることが出来ないな。

 だけど何故この白猫はこんな所にいたんだ?


「え~と⋯⋯まず名前を聞いてもいいかな?」

「名前ですか? それは地上で共にする人間につけてもらう決まりになってます」


 ということはこのままだと俺がつけることになるのか。


「どうしてわざわざ地上に降りてきたんだ? 理由があるなら教えてほしい」

「わかりました。白虎族は十歳になると地上で暮らす掟になっていて、私も天界から降りて来たのですが⋯⋯」


 ここで白猫は言葉を止めて、何やら言いにくそうにしている。


「お腹が空いて、とりあえず家があったから侵入して食べ物を頂こうとしたけど何もなくて、力尽きたと」

「ち、違います! 少し休憩していただけです」


 食べ物を盗もうとしたのかはわからないけど、地上に来た理由はわかった。

 何だかこの子だけだと少し心配だな。やはりここは俺が一緒にいるしかないか。


「わかった。これからよろしくな。え~と⋯⋯」

「名前はあなたが決めて下さい」


 名前か⋯⋯そんなもの今まで考えたことないぞ。

 白い猫か⋯⋯それに話し方からして雌だよな。それなら⋯⋯


「マシロなんてどうかな?」

「マシロ⋯⋯ですか。良いですね」


 どうやら気にいってくれたようだ。

 真っ白な猫だったからマシロにしたけど、安易なネーミングだと嫌がられないで良かった。


「私の心が純粋無垢で真っ白だからマシロ⋯⋯わかっていますね」


 何だか俺が想像していたことと違うことを考えているようだが。まあ本人は気に入ってくれているし、そういうことにしておこう。

 そしてマシロは食事を取って睡魔が襲ってきたのか、ベッドで寝てしまった。

 その間に俺は必要な物を全て異空間にしまい、旅の準備が出来たのでマシロを起こすことにした。


「マシロ、マシロ」

「う~ん⋯⋯何ですか⋯⋯私はまだ眠たいのです⋯⋯」

「眠たいなら寝てていいから。でもベッドを持っていきたいから抱っこしてもいいか?」

「仕方ないですねえ⋯⋯許可します⋯⋯」


 真っ昼間から良いご身分だ。だけど猫は一日の半分以上は寝るって言うししょうがないか。

 俺はマシロを抱き上げて、ベッドを異空間へとしまう。


「な、な、何ですか今のは!」


 睡魔に襲われていたはずのマシロが、突然大きな声を上げる。


「ビックリしたぞ。いきなり何なんだ」

「い、今ベッドが消えましたよね? これは夢ですか?」

「夢じゃないよ。天界にいたなら神聖魔法を知ってるだろ?」

「もちろん知ってますが⋯⋯女神セレスティア様か、天界でも上位の方しか使えない魔法じゃないですか! 何故それが人間のあなたに⋯⋯」

「直接セレスティア様に教えて頂いたからな」


 実際には異世界転生者特典でセレスティア様から授かったからだけど、わざわざ言う必要はないだろう。

 聖獣であるマシロがこれ程驚くということは、やはり神聖魔法についてはなるべく隠した方が良さそうだ。

 勇者パーティーにいた頃は、騒ぎになるかもしれないから神聖魔法は隠れて使うようにしていた。どうやらその行動は間違っていなかったようだ。

 ちなみに魔法には火、水、風、地、光、闇の属性魔法と神聖魔法があり、魔法の才能があれば属性魔法のどれか、もしくは複数が使える可能性があるらしい。神聖魔法は簡単に言ってしまうと属性魔法のパワーアップ版だ。その他に属性魔法では使えない魔法もいくつかある。その一つが今使用した異空間魔法だ。


「人間に負けるのは悔しいですけど⋯⋯私のお世話係なら悪くはないですね」

「はいはい。それよりそろそろ行くぞ」

「わかりました」


 わかったと言っても、マシロは俺の肩に乗るだけだった。

 どうやらこのまま俺に運べということらしい。

 まあ軽いからいいけど。


 思いがけず、天界の聖獣を家で拾うことになったが、まさかこの後も信じられないものを拾うとは、今の俺には想像すら出来ないのであった。

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