第11話

玲奈のスライスが続き、最終日も終盤に差し掛かった頃、彼女の表情には焦りと疲労が見て取れた。スコアボードの順位は絶望的に落ち込み、かつての優勝候補は見る影もなかった。だが、玲奈の目にはまだ戦う意志が宿っていた。


「何かがおかしい。こんなことが続くなんて、普通じゃない。」玲奈はキャディーの蒼井佳奈に語りかけた。佳奈も同意し、二人の間に不安が広がる。


その時、観客席から三田村香織と藤田涼介が静かに近づいてきた。香織は玲奈の目をまっすぐに見つめ、冷静な声で言った。「玲奈さん、私たちが調査を手伝います。」


玲奈は驚きと感謝の表情を浮かべ、二人に頷いた。「お願いします。何かが確実におかしいんです。」


涼介が持っていたゴルフボールを取り出し、じっと見つめた。「まずは、このボールを調べましょう。」


香織はコース脇のテーブルに道具を広げ、ボールを慎重に解体し始めた。内部の構造を確認すると、彼女の顔が険しくなった。「やはり、何かが仕込まれている。」


「どういうこと?」玲奈が尋ねると、香織はボールの内部を指差した。「このボールの中には、微細な重りが入っているの。これがショット時にバランスを崩し、意図的にスライスさせる原因になっているわ。」


玲奈と佳奈は驚愕し、同時に怒りを覚えた。「誰がこんなことを……?」


「それを突き止めるのが私たちの仕事です。」涼介が答え、ボールを元に戻しながら言った。「まずは、ボールがどこから来たのか調べる必要があります。」


香織と涼介は、玲奈のゴルフバッグの中にあるボールを全てチェックし始めた。全てのボールが同じように改ざんされていることが判明した。「これで確信が持てました。この改ざんされたボールを使わせたのは、意図的な妨害行為です。」


涼介は携帯電話を取り出し、連絡を取る。「ゴルフ場の管理者に事情を説明し、ボールの出所を追跡する手配をします。」


香織は玲奈に向き直り、優しく微笑んだ。「私たちはあなたの味方です。安心してプレーに集中してください。真実を必ず暴きます。」


玲奈は感謝の意を込めて香織と涼介に頷いた。「ありがとう。本当に心強いです。」


香織と涼介は、ゴルフ場のクラブハウスへと急いだ。試合の進行に支障をきたさないよう、迅速かつ慎重に行動する必要があった。クラブハウス内は大会の盛況ぶりを反映して忙しそうであったが、彼らの目は冷静に周囲を見渡していた。


まず、香織と涼介はゴルフ場の管理者である中村裕二に話を聞くことにした。中村は信頼できる人物であり、彼の協力が得られれば調査がスムーズに進むと考えたからだ。


「中村さん、少しお時間よろしいでしょうか?」香織が丁寧に尋ねた。


中村は忙しそうにしていたが、二人の真剣な表情を見て立ち止まった。「何か問題でも?」


「実は、月影玲奈選手のボールに不審な改ざんが見つかりました。」涼介が説明した。「ボールの出所を追跡したいのですが、協力していただけますか?」


中村は驚きの表情を浮かべながらも、すぐに理解を示した。「分かりました。すぐに調べてみます。」


中村が手配を進める間、香織と涼介はクラブハウス内で働くスタッフたちにも聞き込みを行った。まずはボールの管理を担当している倉庫係の鈴木に話を聞いた。


「鈴木さん、最近何か変わったことはありませんでしたか?」香織が尋ねた。


鈴木は首をかしげながら考え込んだ。「特に変わったことはないと思いますが……あ、そういえば、昨日の夜に黒川選手のキャディーが倉庫に来て、ボールを確認したいと言っていました。」


「桜井良子ですか?」涼介が確認する。


「はい、そうです。彼女はいつも真央選手のために細かいチェックをしているので、特に怪しいとは思わなかったのですが……。」


香織と涼介は顔を見合わせ、確信を深めた。「ありがとうございます。非常に参考になりました。」


次に、彼らはキャディーたちが集まるラウンジへと向かった。そこでは、他の選手たちのキャディーたちが休憩を取っていた。香織は彼らに一斉に問いかけた。「皆さん、桜井良子さんについて何か気付いたことがあれば教えてください。」


数人のキャディーが顔を見合わせ、やがて一人が口を開いた。「彼女はとてもプロフェッショナルですが、最近は少し様子がおかしかったです。特に黒川選手が優勝を狙ってから、急に神経質になっていました。」


別のキャディーも同意した。「確かに、いつもよりピリピリしていました。何か大きなプレッシャーを感じているようでした。」


さらに別のキャディーが付け加えた。「昨日の夜、彼女が何かを持ち歩いているのを見かけました。ボールケースのようでしたが、あれは……」


「分かりました。ご協力ありがとうございます。」涼介が礼を述べると、香織は次のステップを考えた。


「どうやら桜井良子が鍵を握っているようね。」香織は涼介に向かって言った。「次は彼女を直接尋ねてみましょう。」


香織と涼介は、桜井良子を見つけるために、試合が進行中のフェアウェイに戻った。彼女は黒川真央の側で、慎重に指示を出し続けていた。香織は静かに近づき、タイミングを見計らって声をかけた。


「桜井さん、少しお話できますか?」


良子は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻した。「何でしょうか?」


「あなたが昨晩、ゴルフボールをチェックしていたという証言があります。改ざんされたボールが見つかったので、詳しくお話を聞かせてください。」


良子の顔色がわずかに変わった。その変化を見逃さなかった香織は、さらに問い詰める。「何か知っていることがあれば、今すぐに話してください。」


良子は一瞬、何かを言おうとしたが、次の瞬間、黒川真央がフェアウェイから戻ってきた。「どうしたの、良子?」


良子は緊張した表情で真央に視線を送り、香織と涼介に向かって口を開いた。「実は……」


こうして、月影玲奈のプロゴルフ人生を揺るがす大きな事件の核心に近づきつつあった。門司港の美しい風景の中で、真実を求める探偵たちの新たな戦いが続いていく。

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