第12話

桜井良子は一瞬の沈黙の後、再び口を開いた。「実は、私も何かおかしいと思っていたんです。でも、どうしても確認したくて、昨晩、ボールをチェックしました。」


「何を見つけたのですか?」香織が鋭い眼差しで問いかけた。


「私が見たボールには、微細な重りが仕込まれているように見えました。でも、それがどこから来たのか、誰が仕込んだのかはわかりません。」


黒川真央が横から口を挟んだ。「良子、何を言っているの?そんなこと信じられないわ。」


良子は困惑した表情で真央を見つめたが、香織の追及を避けることはできなかった。「桜井さん、あなたが見たボールのことをもっと詳しく教えてください。どこで見つけたのか、どうして確認しようと思ったのか。」


良子は一瞬戸惑ったが、やがて話し始めた。「昨晩、ボールの管理倉庫に立ち寄った時、他のキャディーが使っているボールが気になって確認してみたんです。普段と違う感じがしたので、特に目立った違いを探しました。」


「そして、その重りの仕込まれたボールを見つけた?」涼介が尋ねた。


「はい。でも、それが玲奈さんのボールだとは思わなかったんです。まさかこんなことになるとは……。」


香織は少し考え込んでから言った。「つまり、重りの仕込まれたボールは倉庫内で既に改ざんされていた可能性が高いわけですね。そして、誰かがそれを意図的に玲奈さんのバッグに入れた。」


黒川真央が再び反論しようとしたが、香織は彼女を制止した。「真央さん、これは非常に重要なことです。あなたも協力して真実を明らかにする必要があります。」


真央は不満そうな表情を浮かべながらも、やがて同意した。「分かったわ。私は何も知らないけれど、協力は惜しみません。」


香織と涼介は、引き続き調査を進めるために、他のキャディーやスタッフたちにも話を聞いた。証言は次第に集まり、徐々に全貌が明らかになってきた。


「どうやら、何者かが計画的に玲奈さんのショットを妨害しようとしていたようですね。」涼介がまとめた。「その目的は、真央さんを優勝させることだったのかもしれません。」


「それにしても、誰がそんなことを……」玲奈は困惑した表情を浮かべた。


その時、中村裕二が駆け寄ってきた。「調査の結果、ボールの改ざんは倉庫内で行われたことが判明しました。そして、その時間帯に倉庫にいた人物は、桜井さんと、もう一人……」


「もう一人?」香織が尋ねる。


「はい、黒川真央さんです。」


その瞬間、全員が真央に視線を向けた。真央は驚いた表情を浮かべながらも、すぐに冷静さを取り戻した。「そんな、私は何も……」


だが、香織は確信を持って言った。「真央さん、これ以上隠すことは無意味です。あなたが直接手を下したのではないかもしれませんが、あなたの指示で行われた可能性は非常に高い。」


真央は一瞬の沈黙の後、深く息を吐いた。「確かに、私は勝ちたかった。でも、そんな方法で勝つつもりはなかった……」


その時、良子が口を開いた。「真央さん、私がやりました。私があなたを勝たせるために。」


真央は驚愕の表情を浮かべた。「良子、なんてことを……」


良子は涙を流しながら続けた。「あなたがどうしても優勝したいと言っていたから、私が勝手に判断して……でも、もう取り返しがつかない。」


香織は静かにうなずき、「真実が明らかになった今、玲奈さんには公平なチャンスを与えるべきです。」


その後、ゴルフ場の管理者と協議の結果、最終ホールで改めてフェアな条件での再プレーが決定された。玲奈と真央は、最終ホールで勝負を決することとなった。


玲奈は深呼吸し、クラブを握りしめた。目の前には広がるフェアウェイと、彼女を待ち受ける最終ホール。決意を新たにし、彼女は心の中で自分に言い聞かせた。「これが私のチャンス。最後まで諦めない。」


そして、玲奈は全力でスイングを繰り出した。ボールは空高く舞い上がり、まっすぐにホールへと向かって飛んでいった。その瞬間、全ての不安と恐れが消え去り、彼女の心にはただひとつの思いだけが残った――勝利への強い意志。


こうして、門司港の美しい風景の中で、月影玲奈のプロゴルフ人生を揺るがす大きな事件の調査は終わりを迎え、彼女の新たな戦いが始まったのだった。

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