第16話 学校でプールの授業が始まるので豊水について鈴が考えるある日の話
制服のまま喫茶店『無聊』に入った南田豊水と田北鈴は足を止めず、歩きながらマスターに『いつもの』と同時に一言だけ言って、一番奥のいつもの場所に座った。
今日は二人とも通学カバンの他に、駅にあるスポーツ店の名前が入った紙バッグを持っている。
店に来るのが遅れたのは二人で買い物デートをしていたからだろう、常連達もすぐにそれに気がついた。
登校デートと下校デート、喫茶店デートに土日のデート、二人は何でもデートにしては幸せそうに笑っている。
「凄い、男子は彼女の前でも平気で水着を選べるし、試着せずに決めてしかもすごく早い。それを見る事ができるとは、ありがたやぁありがたやぁ」
「意味が分からない拝み方をされてしまった。鈴は水着を後で友達と選びに行くんだよね?」
「そう、だから今度の土曜日は残念ながら会えません。……一緒に行く?」
「そんな怖い所は行きません。女子百人ぐらいでで行くんでしょ?」
「多い多い、学校行事か。今回は三人、私が水着を選びに行くって言ったら一緒に行くのがそれだけだったから。友達に聞いたら最近はプールに行く人が減ったらしくて、買う人が少ないんだって」
「プールに行くまでが暑いせいかな、減ったのは。……所で、みんなで買いに行くなら今日いつの間にか買ったのは?」
「授業用のタオルとか、こうゆうのはスポーツ店のが良いから。これは友達には授業の着替えの時に初めて見せるやつ」
「……そういう物なのか。女子と男子ではやはり文化に大きな隔たりがあると思う」
「コーヒーポテトお待たせしました。……私の友達と一緒でいいなら、海に連れて行けるけど?」
そう聞かれ、純粋に戸西さんの善意だとは分かっていはいたが二人は遠慮する。
まだ豊水は初めての年上の人に会うとどうしても身構えてしまうからだ。
この店のマスター達や常連客、これはみんな両親とも付き合いが有ったから、豊水はこの場所である程度は安心できるのだ。
だから実は豊水は一人では環尉流弩には入れないし、自炊が上手くなっていくのもそのせいだからだ。
「学校の人達は大丈夫そうだから、豊水は少しづつ慣れないとね」
「実は、知り合ったばかりのクラスメートにに半裸を見せるのは不安と恥ずかしさで仕方が無い。授業だから頑張るけど」
「半裸言うな、水着姿でしょうが。それにもう六月だし、クラマもしたんだし、もうクラスメートは友達でしょ。下着姿は見せたく無くても水着なら平気じゃないの」
「上半身出たら水着でも半裸でも同じだと思う。……ラッシュガードなら多分平気なんだけど、何であれ小学校限定なんだろう」
「中学校でも使ってる所はあるらしいけど。まあ中学校からは体育は男女別だから、そこまで気にしていないんじゃないかな?」
「小学校の時は普通に水着で平気だったんだけどな。……そうか、これが思春期か」
「でも、思春期にしては私とプールに行くのは平気なんでしょ?」
「それはまあ、鈴とは色々あって色々したから、大抵の事は平気かな。鈴も俺に対してはそうでしょ?」
そう言われて鈴もあの頃を思い出す。
家族は鈴を捨ててイタリアへ引っ越した、少なくとも鈴はそう思っている。そして一度も日本に帰っていない事を考えたら、豊水もそう思って当然だろう。
豊水も傷ついた心は癒えておらず、幸か不幸か傷ついた二人が出会った結果、中学生の時に二人は色々な事をやってしまったんだ。
なので確かに二人の間なら、大抵の事は平気だろう。
しかしやはり二人でも恥ずかしい事はあるはずだ。そう思い鈴は、深く考えずに思いついた事を聞いてみる。
「じゃあ例えば、豊水は私と朝の挨拶に駅でキスしてても平気なんだ?」
「いや、その理屈はおかしい。誰かに見られるのは恥ずかしいってさっき言ったでしょ?」
「そっか。……待てよ、と言う事は毎日朝に駅でキスを続ければその内平気になって、水着姿を見られても平気になるのでは?」
「……何をどう考えてそうなったの?」
「だって水着姿は見られたら恥ずかしい、キスも見られたら恥ずかしい。つまり論理的に考えればキスを見られて恥ずかしくなくなったら、水着姿を見られても恥ずかしくなくなるという事でしょ!」
「確かにそこまで平気になったら水着ぐらいは平気だろうね、キスしてる所を見られて平気には絶対にならないけど」
「豊水、私はもう決めました。明日から朝に会ったらまずキスしてから一日を始めると。豊水の為に、これを私たちの日常にします」
「勝手に決められても許容できる事とできない事があるからね、もちろんこれは後者で」
「プールの授業に出るためにはこうするしかないの! あれもダメこれもダメって、何で豊水はそんなにわがまま言うの!」
「鈴、ダメに決まってるでしょ! そういう人は恥知らずって言うんです。そう言う事は二人きりの時にしかしたらダメです」
着替え終わった戸西さんが、夕食の前の説教が始まった。
ふと思い豊水が鈴の顔を見ると、うなだれているが同時に少しうれしそうでもあるような気もした。
タイミングもあっているようだし、ひょっとして、わざとやっているのだろうか。
誰かが自分の為に叱ってくれる、無意識かもしれないが、それを考えてしまっているのではないのだろうか。
しかしやりすぎると捨てられるかもしれない、だからその前にちゃんと監視をしないと。
説教が終わると二人は仲良さげに店を出る。その後ろでそう思いながら豊水は後を追った。
「水着か、最後にいつ着たっけなあ」
「ほんの数年前にスキューバダイビングをした時ですね」
「あれは水着でいいのかね。いや、あれで海に入るから水着には違いないけど」
「私の学校はプール無かったですから、あれ以外は着た事ないんですよね」
「……確かに、川は禁止だったし、海はそこまで魅力を感じなかったから誘おうとも思わなかったしな」
「川は病気になるからって禁止だったから、それもありましたよね」
マスター達は水に入る事自体がいけない気がするのは、きっと昔にはそう教わったからだろう。
いつの間にこの場所でも普通にプールや海に入っているが、子供には一緒に行った記憶が無い。
今更何を言っても無駄だろうし、言われた方ももう気にしてないかもしれない。
言ったらかえって怒られてしまうかもしれない、そう思ってマスターはそれについては忘れる事にした。
それにしても、昔の水着は横縞で半ぞで半ズボンだったと思うのだが、それを着ればいいんじゃないだろうか。
もちろん自分は着た事はないが、その代わりにそれを着た二人を考えて、これはないかと少し笑ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます