第15話 鈴と豊水の初めての中間試験が終わった後のある日の話

 制服のまま喫茶店『無聊』に入った南田豊水と田北鈴は足を止めず、歩きながらマスターに『いつもの』と同時に一言だけ言って、一番奥のいつもの場所に座った。

 座った二人は揃って大きく息を吸った後、しばらく止まってから大きく吐き出した。

 そしてもう一度今度は小さな深呼吸をした後で、二人はそろって頭を下げあった。



「豊水さん、お疲れ様でした。教えて頂けたおかげで中間試験ではかなりよかったです」

「こちらこそ鈴さん、お疲れ様でした。教える事で自分の復習にもなって、かなりの好成績でした」

「ちなみに私は本当にかなり良くて何と五教科合計で四百点オーバー。順位はちょうど二十位、もちろん学年総合で!」

「おお、クラスじゃなくて学年で二十位は凄い。凄いから頭をなでで上げよう」

「……しょうがない、撫でられてあげられられますか。……それで豊水の方は?」

「うちでは学校内だけのテストじゃ順番は公表はしてないんだよ。前にクラスメートの順位を下げようとして、事件になったらしくて。先生が言うには、クラスメートの成績を下げても大学受験には殆ど関係がない、だけど高校生にはそれが分からない人が多いから公表しないようにした、って」

「ドラマであるような事件でもあったのかな」

「事実は小説より奇なり、って言うし」

「お待たせしました、いつものコーヒーとポテトと、それとお姉さんからテストを頑張った二人にクッキーです。……鈴ちゃんの頭を撫でるの、お姉さんから奪われたか~」



 そう言われてテーブルの上には、いつもより一つ多く皿が置かれた。

 二人は颯爽と去って行く戸西さんの背中を見つめ、そして揃ってテーブルの上を見た後、お互いを見つめ合って瞳で語り始めた。

 戸西さんが自分の事をお姉さんと言った、いつもならお姉ちゃんなのに。

 クッキーよりもその事が二人にとっては大事だったのだ。



「……お姉ちゃんってもう二十歳過ぎたから、お姉さんって呼ばれたくなったのかな?」

「でも確か戸西さんは今年で三年だよな。二十歳になってから結構立ってるし、関係は無いんじゃないかな」

「じゃあ別の何か……このクッキー美味しい! 甘くて、そしてふんわりしていて、そして食べる時にこぼれたりもしない」

「確かに。……甘いクッキーとしょっぱいポテト、気をつけないと無限に食べてしまいそうだ!」

「どうしよう、いつものポテトからこっちに変えようか?」

「だけどポテトと量が違いすぎる。これに替えたらこの後の夕食を大盛りにしないと足りなくなる!」

「あと飲み物もすぐほしくなっちゃう! すいません、お代わりで」



 二杯目のコーヒーは基本的にホットにしている。

 一杯目を飲む時は店に入ったばかりなのでまだ汗をかいている。だから一杯目はアイスコーヒーにして、冷房が効いている二杯目はホットコーヒーにしているのだ。

 店長から届けられたホットコーヒーを口にして落ち着くと、数が減ったクッキーを手にする速さも減ってきた。

 そうなると鈴はぼんやりと考える。

 テストをしてお互い以外にご褒美をもらったのは、一体いつ以来の事だろうか。

 お互い以外に、誰が豊水を褒めたのか、と。



「急に黙り込んでどうしたの? ぽんぽんペイン?」

「ん、ちょっと考え事。……所で何今の、英語? どうゆう意味?」

「あれ、これは習ってないんだ。ペインが痛いで、お腹が痛いって意味」

「へー。じゃあお腹がポンポンなんだ。……ん?」

「どうやら鈴さんも気がつかれたようですね、ぽんぽんの意味を」

「豊水、キサマ私の頭を撫でたからって、さり気なく赤ちゃん言葉も使ったな!」

「くっくっく、ぽんぽん何て言葉を何年ぶりに使ったのか忘れてしまったわ。……最後に言ったのはあいつらが小さい頃だから」

「はい、やめやめ。話をチェンジ。豊水が最後に誰かの頭を撫でたのもぽんぽんと言ったのも今日! これはもうおしまい!」

「……うん、そうだね。……じゃあ次は鈴は戸西さんをお姉『ちゃん』と呼ぶか『さん』と呼ぶか決めよう会議を始めようか」

「確かにそれは大事かもしれない。テストより難しい、何しろ正しい回答が決まっていない」

「お姉さんとしてはまだお姉ちゃんでいいと思うけどな、もうちょっと可愛い妹分でいてほしいから。……じゃ、今日はちょっと早いけど帰ろっか。テストのご褒美にちょっといい店に予約をしているので、少し歩くから」



 中間テストぐらいでは予約が要る店に連れられて行くわけにはいかない。

 二人はそう言って断ろうとしたが、既に予約をしているから行かないなら全額キャンセル料で払わなければならないから、そう言って無理やり連行しようとする。

 そう思うなら来年お姉さんの卒業式にお礼をしてもいいんだよ。

 そう言われて鈴は諦めたが、豊水は自分は親戚でも何でもないと頑なに言い張って自分の文は払おうとする。

 しかし戸西さんの最終手段、将来親戚になるからその予行練習です、を使われて豊水は何も言えなくなったのだった。

 去り間際、戸西さんと東戸さん達ははウインクを交わしあったが、二人は全く気がつかなかった。



「マスターが連れて行った方が、すんなり聞いたんじゃないんですかね?」

「どうかな、店を閉める事になっちゃうし、そしたら居心地が悪くなるだろうし」

「確かに、昔からあの子は一線を引いてますからね」

「前から図々しくする事は無かったしね。年がもう少し下なら図々しくできたかもしれなかったけど」

「年がもう少し下なら、その前に一緒に三人で引き取られるでしょうけどね。……そうなると二人は出会わなかったかもしれないけど、その方がよかったかもしれませんね」

「……案外、引き取られた先で二人が知り合って、二人ともあっちで暮らしてるかもね」



 それを想像して、マスターは少し笑ってしまう。

 向こうでも運命の様に、鈴が通っている学校に豊水が転校し、傷ついた豊水の心を鈴が癒し、そして傷つく鈴の心を豊水が癒す。

 二人がどうなろうと、関係はそうなる事は決まっているような気がした。

 もちろんドラマじゃあるまいしとも思うのだが、豊水の妹は今年から鈴の前の同じ制服を来て登校しているいるらしい。

 都合のいい運命なら、あっても文句は無い。

 それを聞いて店長も、少し笑った。

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