第14話 鈴が文芸部で豊水が天文部だとお互いに知らなかったある日の話

 制服のまま喫茶店『無聊』に入った南田豊水と田北鈴は足を止めず、歩きながらマスターに『いつもの』と同時に一言だけ言って、一番奥のいつもの場所に座った。

 今日の鈴はカバンの他にもう一つ、小さなカバンを持っている。

 いつものカバンもこのカバンにも学校名が書いてあるので、これも指定のカバンなのだろう。

 豊水が初めて見る小さいカバンはかなり重いのか、鈴は椅子に座ると大きき息を吐いた。



「重かったー。やっぱり無理があったか」

「それ全部本だよね、図書室で借りた?」

「いや、この量は一度には借りれないでしょ。部活の同じ一年から借りたの、面白いからって」

「部活。……まさか部活に入ってるとか、いやそれはいいとして、何部に!?」

「文芸部。確かに言ってはなかったと思うけど、何でそんなに驚いるの。そう言えば豊水は?」

「コーポテお待たせしました~」

「……文芸部……。oh、my、God!」



 鈴の言葉が耳に入ると豊水は他には何も聞けなくなり、戸西さんの言葉にも反応できず鈴からの質問された事も忘れて、絶望の声を上げていた。

 流暢な英語で言いながら顔を覆う豊水に、聞いた事を無視して何をしているんだと鈴は少し怒ってしまう。

 鈴は気がつかない、豊水が演技ではなく本気で絶望している事に。

 豊水の中ではきっと鈴は女性向け官能小説にどっぷりと嵌りこんで抜けられなくなっており、もう既に何冊かは書いているに違いないと思っている。

 では無ければ『なめねぶる』なんて言葉は、普通は使わないし使えないし語彙にも無い。



「鈴は、もう俺の知らない所に行ってしまったのか……」

「いや、何を言ってるの。豊水の目の前にいるから」

「だけど俺は諦めない。鈴がどんな趣味になってもきっと、受け止めて見せる!」

「趣味は読書のつもりなんだけど受け止めるってどういう意味。って言うか豊水も読書が趣味でしょ?」

「だから、だから鈴、せめて本業にするなら俺に全部教えてからにしてくれ。俺の知らない内に本を出して人気が出で仕事用に豪邸を建てても税理士を使わないで気がついたら脱税してて捕まったりしないでくれ!」

「どうしよう、豊水がまた壊れた。……またこれの出番か……」



 混乱している豊水に、鈴は脳天唐竹割を使った。

 そうして豊水の正気を取り戻しかけた所で、コーヒーに砂糖と牛乳を入れてかき混ぜさせる。

 そうすることでようやく話ができるようになったので、鈴が借りてきた漫画の内容を話し始める。



「出版社的には少女漫画、それもここならあっちじゃなさそうだ。……タイトルから考えると殷周演義の話なのかな?」

「あっちって何だあっちって、何が言いたいかはわかるけど。これは主人公は太公望の娘で、実は頭が良かったのは娘だったっていう話。メインヒーローは武帝だけど、武帝の兄弟も将軍とかの武官も何なら文官もついでに幼なじみの武吉も、全員主人公に惚れます」

「まあ少年漫画もそういうの多いし、それが普通かも。……あ、調べたら本当に武帝の妻が太公望の娘って書いてある」

「そうそう、それで興味が出たんだけど読んだら面白くて。で、クラブに持ってるって人が居たから借りた訳。とりあえず十五巻」

「今何巻出てる?」

「全七十巻で完結済み。少し前だからアニメ化はしてないって」

「……借りる方も貸す方も凄いな……」



 一冊手に取って豊水は少し読んで見たが、意外と面白そうなのですぐに閉じて鈴に返した。

 何しろこの漫画は七十冊あるのだ、読むためにはまずその時間を確保せねばならない。

 鈴も家に帰って読むつもりなのでカバンに戻し、そして改めて最初の質問を尋ねた。



「で、今まで聞いてなかったけど豊水は部活はやってるの? 運動系はやってないってわかるけど」

「一応何かやってた方が受験に有利かもしれないから、天文部。門限があるから夜には参加できないって言ってるけど。それより何で文芸部をやっているのか教えてほしい」

「門限は自分で決めてるでしょうに。文芸部に入ったのは参加が自由で漫画もあるから、楽だろうってクラスの人と何人かで入ったの。セリフが入ってるからそれは文で作った芸って言い張って漫画も文芸に入るって先生を納得させたらしい」

「それじゃあその……、あっちの趣味は無いんだよな、実際の人物をモチーフにしてあっちの方の小説を書いたりはしないよな?」

「それは……、ヒ・ミ・ツ。だけど全員で他人には迷惑をかけないようにしてるって」

「……それはもう答えを言ってると同じだよ……」

「お待たせ~。……豊水君、あっちが嫌いな女子はいません。私の大先輩がそう言っていました」



 元気を無くした豊水を元気になってる二人が両側で支えて、店から消えていった。

 もう少ししたら全てを許容できるようになるだろう、もう少しが何時の事になるかはわからないが。

 東戸さんはそう心で言って元気づけた。

 なぜなら彼は、全てを許容できるようになった人だから。



「部活か、懐かしいなあ」

「マスターは家庭科部でしたよね、今はもう誰も信じてくれませんけど」

「元々親父の店の手伝いをやってたから、試食やら何やらで都合が良いから入ったんだけどねぇ」

「その歳でも筋肉ムキムキの面影はまだ残ってますからね。体育会系じゃないとは誰も思わないでしょう」

「体育会系は勝負が嫌いだったんだよね。……それにしても、高校は違うけど従姉妹二人が揃って文芸部に入ってるとは。趣味も一緒そうだし」

「……前に言ったでしょ、あっちが嫌いな女子はいない、と」



 そう言われると戸西さんも、全てを許容したはずだが元気を無くしてしまった。

 戸西さんと東戸さんは血がつながってるから趣味も同じと思っていたが、鈴と東戸さんは血がつながっていないのに趣味は一緒だ。

 趣味の範囲なら何をやってもいいだろうし、本業にしてもそれはそれで一番大変なのは自分なのだろう。

 しかし、あれがきっかけで不幸になった知人も何人かはいるのだ。

 老若男女、全てが趣味には気をつけないといけない。

 年を取ってからは喫茶店を営むのは趣味に近い東戸さんは、そう思っていた。

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