第7話 半年だけ鈴がお姉ちゃんになるある日の話
制服のまま喫茶店『無聊』に入った南田豊水と田北鈴は足を止めず、豊水は歩きながらマスターに『いつもの』と一言だけ言って、一番奥のいつもの場所に座った。
豊水はカバンの他に大きな大きな荷物も持って来ており、それには大きな大きなリボンが結んである。
しかし何故か鈴は緊張しているようで前を歩く豊水の背中も見ずに、座ってからもせわしなく周りを見回していた。
「……だから、誕生日のサプライズはしないって言ってるじゃないか。そろそろ信用してもいいんじゃないの?」
「そう言って油断をさせて襲い掛かる。豊水ならそうするかもしれない、いやするに違いない、するに決まっている、するしかない!」
「いや、意味が分からなくなってるぞ。そもそもこうやってプレゼントも見えるのに、サプライズのしようが無いだろ」
「それはダミーで、本物は別の所に有るかも……。上に釣るしてあるとか?」
「上を見たら何も無いのはわかるだろ、何その疑心暗鬼? 命を狙われた戦国武将?」
「男は外に出れば何人かに命を狙われるっていうし、なら女なら何十人に命を狙われているかもしれないでしょ!」
「俺は心当たりは無いんだけど、鈴は心当たりあるの?」
「……豊水と幸せそうにしてるから、逆恨みを買ってるかもしれないし……」
「……去年の事はもう忘れていいと思うよ。相手は少なかったし、藤さんとか味方もいたし。それに俺たちは『幸せそう』じゃなくて、『幸せ』なんだしさ」
「……ほうす~い……!」
「……り~ん……!」
「幸せな二人にコーヒーとポテトのセットで~す」
そう言われた幸せな二人は急に恥ずかしくなると何も言わなり、コーヒーにミルクと砂糖を入れてていつも通りに交換する。
幸せな二人だと自分で言うのは平気だが、誰かか言われるのは恥ずかしい。
だから豊水はそれを隠すように、鈴に誕生日プレゼントを苦労して渡した。
それを苦労して受け取った鈴は苦労して大きな大きなリボンがかかった大きな大きな袋から、大きな大きなクマのヌイグルミを見えるようにした。
「豊水、ありがとう! それはそうと豊水が受け取った店の前からずっと思ってたけど、何て言うか、大き過ぎない? 言い方を変えたらちょうすげえデカくね?」
「鈴からリクエストされた通りのデカいヌイグルミだけど、よく考えたら高校生になったしヌイグルミはどうかな、と思い直してやっぱり別のがよかったのかな?」
「いや、そこは満足です。満足なんだけど何と言うか、お腹がすいたと言ったら満漢全席が出てきたみたいな感じというか……。正直、身長が私より大きいヌイグルミとは。……どこにあったの? 特注?」
「……妹は二人ともヌイグルミが好きなんだけど、自分よりも大きいヌイグルミが欲しいって昔言ってたのを思い出したんだよ。で、昔から頼んでたヌイグルミ専門店のあそこに頼んで一番大きいのを取り寄せてもらったんだけど、この大きさだったのはちょっと予想外だった。正直、びっくりした」
「やっぱり。……この大きさは、滅茶苦茶高かったんじゃぁ……」
「鈴の為なら、お金なんか関係ないよ!」
「いや、今はそう言うのいいから。誕生日でもこれを貰うのはさすがに気が引けるって。……まさか、ひょっとしてこれがサプライズ? って言うか遠回しな嫌がらせ?」
恨めしそうに鈴に言われたが、そんな気持ちは豊水には無い。
心を込めて贈ったのにこんな顔をされてしまう。そんな顔をされてしまっては、豊水はなんだか悲しくなってきた。
そして改めて送ったヌイグルミを見ると、やっぱりあれデカすぎたな、と改めて思い直した。
そしてそれをごまかす為に、豊水はお代わりはアイスコヒーでと頼んだ。
「いや、ゴールデンウィークも終わって暑くなったし、そろそろコーヒーはアイスの時期だよな」
「露骨に話を変えないの、全く。まぁ豊水は私に嫌がらせなんてするわけ無いって知ってるけどさ。どうせ大きさとか考えないでクマだけ決めて頼んだらあれが来たんでしょうけど。ただ、あれがいくらかかったのかは教えなさい、知らないと値段を考えて怖くなるでしょ」
「実は本当にそこまで高くないんだよ、1日働いて貰えるバイト代で買える金額。特注じゃないから調べたらすぐに出てくるって。高いやつはそれこそ天井知らずだけど、そんな物は高校生には買えないってあの店の人もわかるから売ってくれないよ」
「……それならいいけど。じゃあこれ、ハッピーハーフバースデイ!」
そう言って鈴はカバンから一個の袋を豊水に渡した。
袋にはリボンがついてあり、豊水はまるで誕生日プレゼントを貰ったような感覚になってしまった。
しかし豊水の誕生日は半年先で、それは鈴も知っているはずだ。
それを考えるあまり、運んで来たアイスコーヒーにも気がつかない。
それと疑問はもう一つ、鈴が渡す時に言ったハーフバースデーは何で言ったんだ?
「ブックカバーとしおり。……ハーフバースデーって何? 何で?」
「やっぱりびっくりした豊水のその顔は実にいい。その顔があればご飯の半分は食べれる。……小さいころ、ハーフバースデーってやらなかった?」
「妹が小さい頃はやったけど、俺の時はやったっけかな?」
「多分覚えてないだけでやったんじゃないのかな、妹がやってるなら。……で、豊水にプレゼントのリクエストをしたときに思ったわけですよ、それはそれとして豊水のセンスで選んでくれた物も欲しい、と」
「じゃあそう言ってくれたらそっちも用意したのに」
「いいえ、私はそれを言えるほど我がままではない人間です、我慢できますとも、欲しいけど。で、誕生日で思い付いたわけですよ、今日ハーフバースデーでプレゼントを渡せば、豊水の誕生日に私も貰える、と」
「……俺になら我がままをいくら言ってもいいと思うんだけどな、鈴は。だけどじゃあ、半年後に期待してくれ」
「言っておくけど渡した物と同程度の物にしてよね。渡したこれより高かったら怒るからね、半年だけのお姉ちゃんは」
「了解、姉さん。……今まで上にいなかったから、言ったのは新鮮だな」
「そこはお姉ちゃんって言って欲しかった。……豊水こそ、私にいくらでも我がまま言っていいんだから」
「二人のお姉ちゃんが空気を読まずに来たから帰ろっか~。今日は二人の子供もいるから四人だね」
そう言われて鈴はクマを苦労して袋に入れ直し、四人になってる三人は夕食を食べに外に出た。
そんな袋を抱えた鈴の後ろ姿を東戸さんはドアが閉まった後も見つめ続けている。
マスターである東戸さんは一つの事を閃いたからだ。
だからさっそくと言わんばかりに勢いよく提案をする。
「客がいない席に子供ぐらいの大きさのヌイグルミを置いたらどうだろう?」
「……お客さんが入っていない時はヌイグルミがずらりと並んで、怖いですよね。それに店に入りにくそうだし」
「だけど、子供や女性を増やすのにいいかもしれない」
「ヌイグルミは定期的に洗ったりのお世話をしないといけないし、思いつきだけじゃ駄目ですよ」
「……そっかー」
「……まあ、予約席に置いておくのは、悪くないと思いますよ」
それを聞いた東戸さんは二階に向かって姿を消した。
そしてすぐに帰ってくると、大きなウサギのヌイグルミを運んで来る。
それをカウンターの内側に置いたらまた二階へと走り、合計四つのヌイグルミを持って来た。
昔は男にヌイグルミを持つことは許されていなかったが、今は時代が変わっている。ヌイグルミが好きな有名人はたくさんいる。
そんな言い訳をしながら往復している内はまだまだシロウトだ、運んでいる最中に東戸さんはそう思われていた。
常連の、孫がいるぐらいの年代の、プロを名乗れる男達から。
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