第6話 鈴が頑張っているから大人が手伝ったある日の話

 制服のまま喫茶店『無聊』に入った南田豊水と田北鈴は足を止めず、鈴が大声で『いつもの~』と頼んだ。

 今日は豊水は何故かカバンを持たず、鈴が二つ持っている。

 それを常連達に見られて豊水は気まずい顔をしているが、鈴は何故か楽しそうに豊水のカバンを持っており、そのままいつもの場所に座ると鈴は豊水にカバンを渡した。

 そして深々と頭を下げて、恭しく言葉を紡いだ。



「クラスマッチ、お疲れ様でした。今はその疲れを癒す為にひたすら休んで次の戦いに備えてください」

「朝からそうだったけどいつまでそれやる気? それと次のクラスマッチは二学期の終わりだけどそれまでずっと休んでていいの?」

「その前に中間テストと期末テストに実力試験、体育祭に文化祭に合唱コンクールなど戦いがめじろおしです。頑張って戦ってください」

「そう聞いたらすごい内容だよな、でもそれは鈴も同じなのでは? そっちの学校でもクラスマッチはあるだろうし」

「それは、ほら。ピンチになったら……、ね?」

「いや、いけないって。平日だろうし、学校が違うし」

「でも私もあなたも、一年二組でしょ?」

「それを理由にして参加できたら、鈴も俺の学校に参加させるからな」

「もちろん参加しますとも。信じて行動すればきっと奇跡は怒る、そして怒られる!」

「お待たせしました、コーヒーとポテトのセットになりまーす」



 鈴は二人分のコーヒーを自分の前に置いて、二人分のコーヒーを準備した。

 豊水は自分に前に砂糖を入れたコーヒーを置かれた頃には『いつまでやるんだろう、これ』と考えていたが、鈴のやる事については飽きるまで付き合おうと昔から決めていた。

 しかしすぐに考えを変えて鈴を怒る事にした。

 ポテトを豊水の口に無理やり詰め込むのは、怒ってもいい事だと思うから。



「何で無理やり俺の口にポテトを詰め込もうとするの? 人形とおままごとでもしてるの? 人形が食べ物を飲み込まないって泣き出すのは妹でも七歳で卒業したぞ?」

「すみませんでした。……でも、嬉しくって。夫婦になれば悲しみは半分に、喜びは二倍に、高額のローンは二人の収入を考えてって聞くじゃない!」

「高校生がローンで買い物したらダメだろ。何を喜んでるの?」

「それは無論、一年生にしてクラスマッチ男子バスケットボール大会優勝に決まっているではございませんか」

「何その言い方。……ま、その時はクラスみんなで喜んだけど、あれ先週の話だよ。あの後も電車とかで何回も会ってるし、その日に通信した時にもおめでとうって言ってくれたじゃないか。今日は何かテンションおかしくない?」

「二人でここでこうやってのお祝いは優勝してから初めてでしょ! 本来なら豊水の家に行って打ち上げをやってもよかったけど、独り暮らしの豊水の家に女の子一人で入ったら近所の人が何て言うかわからないから我慢して、ここに来てやっと二人でお祝いができたんじゃない! もうタイミングはどうでもいい。ますたー、えぇんど、えぶりわぁん、かもぉぉぉん!」



 鈴の声に答えるように一斉に客が立ち上がり、祝いながら拍手を贈る。

 方々からの祝う声とその光景に豊水が驚きながら辺りを見渡すと、戸西さんが両腕でホールケーキを運んできた。

 自分がクラスマッチで優勝したからこうなっているんだろうとは思ったが、喜ぶべきか驚くべきか、どうしていいのかわからない。

 そんな豊水をその場に置いて、鈴はカウンターへと向かったらもう一つホールケーキケーキを運びだす。

 さすがにそれには驚いていると東戸さんもホールケーキを持って来て、豊水の前にはホールケーキが三つ並んだ。



「え、何これ? 割とマジに何で全員が? みんな立ったの鈴の仕込みだよね、何でケーキ三つもあるの?」

「そんなに混乱してないで、まあ聞いてください。私が理由を言えば全てが理解できるはずです。まず、ケーキは私が店長に教わって作りました、優勝した豊水を祝うために」

「それはいいんだよ、理解できるよ。何で三つもあるのかはわからないし、どうやってみんなに立ってもらって拍手したのもわからないけど。ケーキは三つも作ったの?」

「それについては練習で作ったから増えたというのもありますが、さっきのサプライズスタンディングオベーションをやってもらった人達への報酬でもあります」

「じゃあ、みんなケーキ一つで立って拍手してくれたんだ」

「割とみんなノリノリで。あと、作ったはいいけどこんなに食べられないし、今日までしか持たないし」

「態度に出さないだけで迷惑かもしれないじゃないか、こんな大がかりな事するなよ、もう」

「ごめんごめん。マスターに頼んで私たちが来る前に全員に言ってあるし、この時間は常連の人しかいないからって。ほら、切るからどれがいい?」

「……鈴が作ったんだろ、小さめに切って三種類全部食べる」

「りょうか~い」

「じゃあ残ったのはみんなで分けるからね~」



 豊水は気まずそうに、そして嬉しさを隠しきれずに、ケーキを三つ平らげた。

 鈴はケーキを食べながら、嬉しそうに豊水を見る。

 それを見ていたマスター達は、戸西さんが運んだケーキを嬉しそうに口にする。

 ケーキ一個ぐらいなら食べても大丈夫なはず、そんな事を言うおじいちゃんもいた。

 そして時間が過ぎ去って帰る前に豊水は一人一人にお礼を言って、夕食を食べに店を出た。



「次は別の事を考えないとね」

「またやるんですか、二人っきりが良いに決まってるじゃないですか」

「そうだろうけど、三年間はできるだけそうならないようにするって決まりだしね」

「まあ、保護者ならそう言うんでしょうね」

「できるだけ、助けてやらないとね」

「知り合いの子供だからですか?」

「大人だからだよ」



 東戸さんは頑張っていた鈴の顔を思い出しながら三皿目のケーキを食べる。

 あの二人は会った事は一度も無いはずなのに、何故かその姿が重なった。

 相手が親子なのだから、その為にと思って作った二人は似ていたのだろうか。

 その内豊水にケーキの作り方を教える事になるかもしれない。

 あの親子は性格が似ている、だからきっとそうなるだろう。

 東戸さんはそう考えながら、口の中と心の中をブラックコーヒーで流した。

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