第5話 二人は話すのが楽しくて中身は何でもいいある日の話
制服のまま喫茶店『無聊』に入った南田豊水と田北鈴は足を止めず、歩きながらマスターに『いつもの』と同時に言ってゆっくりといつもの席に着席した。
二人は毎日朝は一緒に電車に乗り、帰りは大体別だが家に帰ってからは色々な手段で会話をしているのに、なのに喋る話は尽きる事がない。
中学校でも昼休みに毎日会話をしてたが、その時から無くなる事はなかった。
そしてそれを不思議と思う事はない、むしろ学校や家で別れたぶん一層話がしたくなる。
だから二人は着席するなり、他の客の迷惑にならないように気をつけながら、相手に対して言葉を投げかけた。
「で、どうなんだ。もう高校生になって、結構立つんだ。友達ぐらいは、できたんだろ?」
「……将来生まれた娘が思春期になってあまり話してくれなくなったけど何とかコミュニケーションを取ろうとして娘の部屋に入ろうとしたら追い出されてそれでも頑張って扉越しに話そうとする父親の予行練習?」
「そこまで細かく設定してないよ。……娘、部屋に入れてくれないんだ」
「そりゃ父親を部屋に入れないでしょ、思春期の娘は。病気の時とかならともかく」
「俺は気にしてなかったけどな。……で、友達できたのか?」
「男と女は精神構造が違うから。……まあ友達は、うわべだけの友達なら増えたかな」
「うわべだけなんだ。もうちょっと仲良くした方が良くないか?」
「まだお互いを探り合ってる段階だから。少しづつカードを見せあって、合うか合わないかを探っている所」
「お待たせしました、いつものポテトとコーヒーでーす」
二人は毎回ポテトを食べる、それがセットの内容だからだ。
ポテトはジャガイモの味に塩の味も効いておいしい。
コーヒーはコーヒーの味にミルクと砂糖の味も甘くておいしい。
ならばコーヒーにミルクと砂糖と塩を入れてジャガイモを浸けたらたらどうなるだろうか。
鈴はしばらく考えたが、思い付きで豊水に飲ませるわけにはいかない。
そう思って実行はしなかった。
確かめるのは結婚してから、鈴はそう心に決めて心のメモに刻みつけた。
そうしないと、結婚する前に離婚する事になってしまうから。
「男と女で違うかもしてないけど、もう四月が終わりそうなのにその段階は遅くないのか?」
「確かにそうかもしれないけど、私にはサッカーバカの弟がいるから。その存在が知られたら多分騒がれて面倒だろうし、気を付けてるわけですよ私は」
「そうだった。今でもテレビではたまに出るし、中学校の時も面倒だったな」
「あの悲劇は二度と起こさない、そう私は決めました。……でもそのおかげで、豊水と出会えたから」
「鈴、俺も両親の……、これは言っちゃ駄目だな」
「駄目に決まってるでしょうが。両親は許してくれても私は怒るからね、全くこの子は。……まあ、そう口にできるのはいい事かもしれないけどさ」
「これ以上いけない、話題を変えよう。……近くの動物園でフクロウが産まれたらしいんだよ、かわいいって聞いた」
「赤ちゃんのフクロウ、それはかわいい! ……かわいい、かわいい?」
鈴はフクロウを実際に見た覚えが無い。
昔は見たかもしれないが、その記憶は存在しないのだ。
弟がサッカーにしか興味が無くて、親はそれにかかりっきりで、気がついたら動物園には行かなくなったから。
遠足などでも動物園には行かなかったし、友達とも行かなかった。
だから鈴は疑問に思う、フクロウが本当にかわいのかを。
そして同時にこうも思う。
誰からそんな話を聞いたんだ、と。
「あれなの、豊水の高校は進学校だから将来フクロウについて研究したい人がいて、フクロウの赤ちゃんはかわいいから見ないと後悔するって教えてもらったの?」
「今の所その方向に進学しようと考えてる人とは会っていなかったし、学校の知り合いから話を聞いたわけでもないよ。近所のスーパーの店員から聞いたんだ」
「近所のスーパー、つまりパートの人。……まさか、浮気? こんな赤ちゃんが私も欲しいと言われて浮気に誘われて、まだ高校生の豊水は若い獣欲に贖いきれず貪るように……、止めないの?」
「止めなかったらどうなるかを知っておこうと思って。あと聞いたのは二十代の男の人からだから。もう結婚してて小さい子供もいて、一緒に見に行ったんだって」
「それは子供がかわいいのでは?」
「そうかも知れない。しかし人間の子供がかわいくてフクロウの子供もかわいい、つまりかわいいの二乗。そして俺は鈴がいればフクロウのかわいいと鈴がかわいいでかわいいの二乗。さらに一緒に遊びに行ったらからさらに倍の四乗、これはもう世界一では!」
「おお、何を言っているか意味が分からないけどテンションはすごい」
「おまたせー。あそこは学割は効くんだけど高校生は少ないから、結構な穴場だよ」
戸西さんからそう言われたが、豊水と鈴は返事に困る。
そう言うからには戸西さんもよく遊んでる場所なのだろうが、しかし彼女に恋人がいるとは一度も聞いていない。
高校生の二人にはその事についてはあえて何も言わないのか、それとも相手がいないのに一人で言っているのか。
誰にでも、知ってはいけない、事がある。
二人はそう心で詠んでそれ以上は考えず、遊びに行ってみると伝えてから二人は先に外に出た。
その心遣いに戸西さんは不思議に思うだけで、何も気がつかなかった。
「動物に限らず、赤ん坊ってかわいいよね」
「確かに、小さいのにぴょこぴょこ動いたりしたらかわいいですよね」
「あそこって夜行性の動物もいるから、月に何回かは夜になっても見にいけるんだよね、店が終わってからでも」
「……ひょっとして、デートのお誘いですか?」
そう聞かれたが東戸さんは返事をせずに、コーヒーを持って客席へと向かった。
常連の客にサービスと言ってお代わりを注いだが、逃げたように向かったのはどうかと思う。
高校生でもそんな照れ隠しはしないのに、一体自分はいくつだと思っているのか。
そう思いながらも東戸さんを視線から外そうとはしない。
高校生のあの子とどっちが大人なのだろうか、そう考えながら。
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