第4話 鈴が友達について考えたある日の話

 制服のまま喫茶店『無聊』に入った南田豊水と田北鈴は足を止めず、歩きながらマスターに『いつもの』と同時に一言だけ言って、ゆっくりといつもの席へと向かって行く。

 いつもと違い豊水が一歩先を歩いている。豊水が速いというよりは、鈴がわざと後ろを歩いているのだ。鈴は少し遅れたままで、豊水の後姿を見つめている。

 そして二人はテーブルの前に着くとカバンを置いて着席した。

 座った鈴は両腕を立てて口元を隠すようにする。そしてアニメのキャラになった鈴は豊水にゆっくりと問いかけた。



「……最近は、どうなんだ。友達ぐらいは、できたんだろ?」

「いつから思春期の息子と上手くコミュニケーションが取れない父親になったんだか、って言うか前にも同じ事言った気がするな、これ」

「でもほら、入学してからもうすぐ初めての大型連休だし、豊水にも一緒に遊びに行くような友達ができたかな、って」

「なるほど。……友達というか、席が近い奴とは話をするかな。宿題とか、授業についてとか」

「進学校だからってそんなに進学校らしい事ばかり話してどうするの。例えば漫画とかドラマとかスーパーで半額シールが張られるタイミングとか、話す事は他に色々あるでしょ。それにクラマの練習もしてるだし、そろそろ親友の一人や二人ぐらいは生えてこないの?」

「進学校が進学校らしい会話をしてても良いと思うけどな。……親友は、まあ生えて来てないな、残念ながら。親友が生えてくるのも知らなかったし」

「何を言っているの、教室という畑に豊水たち生徒を蒔いて、生えてきた友情をひときわ大事に育てて親友ができるんじゃないの!」

「いい事言ってるみたいに聞こえるかもしれないけど、鈴が適当に言ってることは俺は知ってるからな」

「正直、ちょっと言いすぎたなとは思います」

「だけど俺は知っているから、それが鈴の魅力だって」

「お待たせしました、コーヒーとポテトのセットです」



 セットが届けられたので二人は一旦中断して、ミルクと砂糖をコーヒーに入れた。

 鈴はそれをかき回しながら、友達について考える。

 どこからが友達でどこからが知り合いなのだろうか。

 そして今一緒にいる豊水についても考える。

 二人は今はカレカノなのだが、それ以前は友達だった。二人かカレカノになったのは、関係を言葉で決めたからだ。

 ならば友達になる事も言葉で決める必要があったのではないだろうか?

 ならな鈴と豊水は友達ではなかったのでは?

 友達にならずにカレカノになったということではないのだろうか?



「つまり、豊水には今まで一人も友達がいない!?」

「いきなり彼氏に酷い事言ったな」

「でも、私たちは友達ではないでしょう、言ってみれば、恋人同士な訳で」

「それはそうだけど、何でそこから俺が友達ゼロになる?」

「……じゃあいるの、友達?」

「……小学生と中学校の最初の頃は、遊んでる奴はいた……」 

「……作ろう、友達。高校の友達は一生の友達になるって聞いた事あるし」

「……うん、頑張る」


 居た堪れなくなり、二人はコーヒーをすぐに飲み干してのお代わりを頼んだ。

 なぜこんな空気になってしまったのか、恋人同士の甘酸っぱい会話のはずなのに。

 会話が止まった恋人達は、砂糖とミルクをコーヒーに入れかき混ぜながら考える。

 そしてそれを交換すると、鈴は高らかに宣言した。



「豊水は私が一生幸せにして見せるから、今度の日曜にご両親にもそう伝えるから!」

「え、は、はい。……じゃあ寺に行った後に、映画でも見る?」

「何を言っているの、その後は豊水が友達を作るにはどうすればいいかを考えるに決まってるでしょ!」

「何そのテンション。所で俺の両親に言うなら、俺も鈴の両親に言った方が良いのか?」

「別にいいでしょ、息子の為に娘を捨ててイタリアに行く親なんて」

「まあ、それに関しては細かい所まで聞いて無いし、向こうの話も聞いて無いから何も言わないけど。弟は試合で時々日本に帰って来てるんだっけ?」

「らしいけど、試合がここから遠い所でやるから会ってはいないかな。正直早く結婚してあいつと別の名字になりたい」

「あと何年か我慢してくれ。二十歳になったら勝手にに結婚できるらしいけど、親に反対されるよりは賛成された方が良いだろうし」

「……豊水の友達の話から何でこんな話になったんだろう?」

「一言で言えば、青春、かなぁ」

「青春かー」

「おまたせー。青春と言っておけば意味が通じるような気がするけど実はまったく意味が通じてないからね。帰ろっか」



 戸西さんそう言って真っ先に店から出る。

 今日は早出だったので、早くお肉が食べたいからだ。

 彼女の頭の中にはもう肉料理しか浮かばない。

 それを知った高校生は、釣られてお肉が欲しくなる。

 お肉を欲する三人は、二軒隣の環尉流弩に入ってすぐに注文したのか。

 マスターの東戸さんはそんな事を考える。



「友達かぁ。……プライベートではしばらく会っていないなぁ」

「そう言ってますけど、ほぼ毎日友達の誰かが店に来てますよね?」

「自分は仕事をしているのに友達は休んでいる。酷いとは思わない?」

「それも含めて友達なんでしょ、多分」



 学生の時の間ならイベントなどがたくさんある。

 きっとその内に気がつけば友達がができている事だろう。

 友達とは宣言するものではなく、気がついたら友達になっていたものだ。

 そう考えて東戸さんは、友達にコーヒーを持って行く。

 見かけはホットコーヒーなのに中身はアイスコーヒーの、たわいもない悪戯をしに。

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